さらさらと流れる川のせせらぎを耳に、頭上に広がる青空を仰ぎ見る。
じゃり、と河原の石を踏みしめる足音がふたつ。
『伊右衛門さま』
『……その名で呼ぶのは、あなたくらいのものだ』
ふっと穏やかな微笑みを浮かべて、彼はそう言った。
トクンと胸が小さく音を立てる。
そっと懐に手を入れて、何かを取り出した彼は。
まっすぐにわたしへと視線を向けて。
カメラが回っていることも忘れて、わたしたちは見つめ合った。
その手には、初めて会った時に千代が贈った、折り鶴が握られている。
『……わたしと一緒になってくれないか』
仕官先を探して旅を続けていた一豊は、やがて豊臣家に仕えることになり。
千代と再会を果たし、夫婦となる。
「……はい、出来上がり。詩季ちゃん、とってもキレイよ。本物のお姫様みたいに」
鏡越しにそう言って微笑んだのは、このドラマのメイクを担当しているモモちゃん。
目の前の大きな鏡に映るのは、白無垢姿のわたしだった。
「何だか本当に義人くんの所へお嫁に行くみたいで……」
そう続けたモモちゃんは、慌てて目元を押さえて。
「モモちゃんったら……」
その言葉の通りに、いつかなれたら。
なんて、考えたことがないわけじゃない。
少し照れくささを感じながら、わたしたちは顔を見合わせて微笑んだ。
コン、コン。
その時、不意に扉をノックする音が聞こえて。
「……詩季ちゃん……いい?」
遠慮がちなその声に、わたしの心臓がトクンと高鳴る。
「あら。噂をすれば……」
クスッと笑みを浮かべて、モモちゃんはわたしの肩に手を置く。
「詩季ちゃん。この綿帽子はね、お式が終わるまで新郎以外に顔を見せないために被るものなの。ウエディングドレスのヴェールと同じ。だから……この笑顔も、この姿も、彼のためだけにとっておいてね」
大きなメイクボックスを抱えて、モモちゃんはそう言い残すと、部屋を出て行った。