間もなく発表されたアルバムは、話題性と初回限定生産ということもあり、予約開始と同時に完売してしまった。
Waveのファンからの反応を不安視していたわたしたち事務所も、面食らったほどだ。
街を歩けば大きな街頭スクリーンに音楽が流れ、有線でのリクエストには必ずと言って良いほど登場した。
『……次のリクエストは、Wave&詩季で“promise”』
「あ……」
久しぶりのオフをもらえたこの日、わたしは一磨さんの運転する車で海に向かっていた。
そう、彼が一度、夏の暑い日に連れて来てくれた、あの海へ。
「……前も、同じことがあったね」
前を見つめたままハンドルを握る一磨さんが、フッと笑う。
「ふふ。……そうだね」
(あの時は、一磨さんの作詞した“Eternal sunshine”が流れたんだっけ……)
ほんの数ヶ月前のことなのに、懐かしく感じるのは、息をつく間もないほどの慌ただしい日が続いていたから。
(丸一日オフがもらえるのも、2ヶ月ぶりくらいかな……)
そんなことを考えていると、ふいに右手に温かいものが触れた。
一磨さんの大きな左手がわたしの手を包み込むようにしている。
「……この曲を聞くと、詩季ちゃんのこと、抱きしめたくなるんだ」
少し頬を染めて、前を向いたまま一磨さんは言った。
「詩季ちゃんのこと……幸せにしてあげたいって……今よりもっと……そう思ってる」
「一磨さん……」
何も言わなくたって、わたしの想いは一磨さんにちゃんと届いている。
(わたしも……一磨さんのこと、幸せにしたい……)
温かく優しいその手をギュッと握り返すと、一磨さんは長い指でわたしの指を絡め取った。
「寒くない?」
あの日見た夕陽は、変わることなくわたしたちを迎えてくれ……
そして足元を優しく包み込んでいく白い砂も。
それでも、わたしの頬をなでる穏やかな風は、あの時とは違って、冷たい。
「……大丈夫だよ」
車の中の暖房が効いていたからか、それとも一磨さんの温もりで胸が熱くなったからなのか。
少し火照った顔には、ひんやりした空気と冷たい潮風が気持ちよかった。
一歩わたしの前を歩く一磨さんは、立ち止まって振り返ると、ふわり。
わたしの背中に腕を回した。
「じゃあ、俺のこと、暖めてくれる?」
「……うん」
そっと一磨さんの胸に頬を寄せると、トクン、トクンと穏やかな鼓動が聞こえてきた。
サアァ……
絶えることなく、静かに波が打ち寄せている。
やがて、水面がキラキラとオレンジ色に輝き、半分海に沈んだ太陽がわたしたちを優しく見守っていた。