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「遅れてすみませんっ」

ノックの返事もそこそこに扉を開けた彼女は、息を切らしながら頭を下げた。

「ああ、詩季ちゃん。撮影お疲れさま。疲れてるだろうけど、すまないね」

「いえ、そんな……お待たせしてすみません」

手短にプロデューサーさんとやり取りをして空いている一磨と翔の間の席に着く。

その顔には濃い疲労の色が伺える。

「詩季ちゃん、大丈夫?」

決して敏感とは言えない、むしろ鈍い方の翔までもが気遣う声をかけるほど、彼女は疲れているようだった。

「あ、うん……ごめんね」

小声で応えて椅子に座ろうとした彼女の身体が途中から崩れ落ちるように見えたのは……気のせいだろうか。

「……ということで、6番目の曲は一磨くんと詩季ちゃんのデュエットで行こう」

一通りの説明を終えると、京介と亮太の意味深な笑みが一磨に向けられ、一磨は思わず咳払いをした。

届けられたデモテープを流し、それぞれの担当パートを確認する。

今日はメロディを簡単に頭に入れ、イメージを掴んでいく。

それぞれが思い思いに口ずさんだり、リズムを取ったり、譜面にペンを入れながら曲に聞き入っていた。

「いいじゃん、この曲!すっげーかっこいい!なんか、大人って感じするな!」

「お子様な翔に歌える?」

「あっ、どういう意味だよ、京介!」

「……おい、やめろ。ふたりとも」

曲が終わる毎にみんなが感想を口にする。

相変わらず賑やかなやり取りをする傍ら、小さな鼻歌が流れていた。

「……詩季ちゃん、すごいね。もうメロディ頭に入ったんだ?」

京介に声をかけられた彼女は、にこやかな笑みを向けた。


「あ、次の曲、詩季ちゃんと一磨のデュエットか」

テープを入れ替えた翔がポツリ、つぶやく。

「ちぇっ……俺も詩季ちゃんとデュエットしたかったなぁ」

「ハハッ。翔、ヤキモチ」

「なっ……!」

再び始まった翔と京介の言い争う側で、義人がつぶやく。

「……この詞を俺たちが歌うわけにいかないだろ」

チラリと送る視線の先には一磨の姿がある。

それにつられるように、翔たちの視線が一斉に一磨に集まった。

「……っ!お、お前らなあ……」

顔を真っ赤に染めた一磨は、テープのセットされたデッキの再生ボタンを押した。

間もなく流れ始めたメロディは、甘く切ない、それでいて優しく包み込むようなバラードだった。


“一番近い場所にいて、君を幸せにする”

その約束、今も胸の中にある

例えばその温もりが遠くても

心はいつでもそばにあることを知っているから

わたしもあなたの心、そばにいて守らせて

“一番近い場所にいて、君を幸せにする”

その約束、今も胸の中にある

だからわたしも、そばに寄り添ってあなたを幸せにする

そしてふたり、同じ未来へと……


「……はい、オッケー。詩季ちゃん、お疲れさま」

最後の一音が空気に溶け、一拍置いてプロデューサーさんの声が耳に届いた。

(……終わった……)

ゆっくりとヘッドホンを外すと、わたしはブースを後にした。

初めてコラボ曲を聞いたあの日から1ヶ月。

多忙を極めた日々も、ドラマのクランクアップに合わせて少しずつ時間にゆとりができ……

そして今日。

プロデューサーさんのOKの言葉とともに、無事にレコーディングが終了した。

「いやあ、本当にこれ以上ないいい曲に仕上がったよ。……詩季ちゃん、よく頑張ったね。ありがとう」

ブースから出てきたわたしを、プロデューサーさんの最上級の言葉と笑顔が出迎えてくれ、周囲からは拍手がわき起こった。

「詩季ちゃん、お疲れさま」

続いてわたしに手を差し出して来たのは翔くん。

今日がレコーディングの最終日ということで、この企画に携わった全員が集まってくれたのだ。

もちろん、Waveのみんなも。

「翔くん……みんな……ありがとう。無事に今日を迎えられたのは……みんなのおかげだよ。スタッフのみなさんも……本当にありがとうございました」

安堵の気持ちから、じんわりと胸に熱いものが込み上げてくる。

思わず目を伏せたわたしの背中を、そばにいた一磨さんがポンポンと叩いた。

「詩季ちゃん。俺もこの曲を一緒に歌えて、本当に良かった」

顔を上げると、やわらかい微笑みが間近にあった。

「一磨さん……」

「よし、それじゃあ僕は、この録れたてほやほやの詩季ちゃんの歌声を、新鮮なうちにCDに仕上げてくるよ」

見つめあうわたしたちをからかうように、冗談めかしてプロデューサーさんは言った。

「出来上がったら、真っ先に事務所に届けるから」

「ありがとうございます」と声をそろえたわたしたちに、プロデューサーさんはスッと近づき真剣なまなざしを向ける。

「君たちと直接会うのはこれが最後だろうから、ひと言言わせてくれ」

(えっ……な、何だろう……?)

普段は場を和ませるような冗談の多いプロデューサーさんの言葉に、緊張がわたしの身体を走り抜けた。

「君たちと仕事ができたこと、誇りに思っている。……久しぶりに満足感で満たされているよ。本当にありがとう。またきっと一緒に仕事をしよう」



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