「うーん……」
ドラマの撮影スタジオでの休憩中、真っ白なノートに向かいながら、わたしはついに頭を抱えた。
「あー……もうっ!全然ダメだぁ。あと3日で仕上げるなんて無理だよー」
ハァッと大きく息を吐き出し、机に突っ伏する。
そう、最初に感じていた不安の通り、コラボ曲の歌詞作りに難航していた。
「ハハッ。お前、外に丸聞こえだぞ」
「えっ!?」
バタンと勢いよく扉を開けて入って来たのは、ドラマで共演している俳優の白鳥隼人さん。
「は、隼人さん……!」
「なんだ、本当に白紙のままじゃねーか」
わたしの肩越しにノートを覗き込み、笑って見せる隼人さんに肩の力が少し抜ける。
「……ほら、肩肘張ってるからじゃねーか?力抜いてお前の素直な気持ちを書けばいいだろ」
(隼人さん……気遣ってくれてるんだ)
「この業界でやってたら、普段口に出して言えないこと、お前にもあるだろ?」
「あ……はい」
「……まあ、頑張れよ」
顔を上げたわたしの目には、少し頬を赤く染めてそっぽを向く隼人さんの姿があった。
「隼人さん……ありがとうございます」
「……じゃ、そろそろ来いよ」
隼人さんはそれだけ言うと休憩室を出ていく。
(わたしの……気持ち……)
そして3日後。
「……」
緊迫した空気が室内に流れる中、わたしは言葉を待つ。
「うん……いいね、詩季ちゃん。これで行こう」
「あっ、ありがとうございます!」
プロデューサーさんの言葉に、ホッと無意識に止めていた息を吐き出したわたしに、Waveのみんなからも声がかけられる。
「詩季ちゃんの詞、めっちゃいい!俺、感動して涙が出そうになっちゃったよ」
満面の笑みで翔くんが声をあげた。
「ああ。……いい詞だな」
「おっ?義人が人を褒めるのって、珍しくない?」
静かに言った義人くんに、亮太くんがすかさず突っ込む。
「うん……妬けちゃうくらいにね」
その横で京介くんはニヤニヤと意味深な笑みを一磨さんに向け、一磨さんは顔を赤らめて目を伏せた。
「よし、これで全6曲、歌詞が出来上がったな。手直しは必要だが、基本はこれで行く。曲が出来たら、それぞれの事務所に連絡を入れるから、それまでは各自ボイトレに励んでくれ」
「はい!」
「……あ。それから詩季ちゃん」
ミーティングルームを出て行こうとしたプロデューサーさんが足を止めて振り返る。
「はい?」
「ちょっと……いいかな?」
「あ、はい」
プロデューサーさんに促され、Waveのみんなを残して先に廊下に出る。
すると声を潜めたプロデューサーさんがこう切り出した。
「実は詩季ちゃんの曲だけ、6人じゃなくてデュエットにしようと思っているんだ」
「デュエット……ですか?」
「ああ。これはユニットを組むと決まった時にもう考えていたんだけどね。それで……相手なんだけど……」
そこで一度言葉を切ったプロデューサーさんが、わたしの顔を覗き込みながらフッと微笑みを浮かべた。
「……一磨くん。で、いいかな?」
「え……えっ?」
「ハハッ。その様子じゃあ、僕のカンは外れていないようだね」
(ええっ……まさか、バレてる……?)
わたしの動揺が顔に表れていたのか、プロデューサーさんは安心させるように肩を叩きながら言った。
「いや、心配しなくていいよ。あくまで僕の勝手な想像だから。失礼なことを言ってすまなかったね」
「い、いえ……そんな……」
穏やかな微笑みを見ながら、きっと気づかない振りをしてくれているのだと悟り、思わず頭を下げた。
「……頑張ってね、詩季ちゃん。一磨くんと。必ずいい曲に仕上げよう」
曲が出来上がったと事務所から連絡を受けて、再びスタジオに顔を出したのは1週間後のことだった。
(いけない、遅刻しちゃった)
ドラマの撮影が佳境に入り、この頃は分刻みのスケジュールをこなしていた。
前日も撮影を終えたのは明け方。
今日も撮影途中に抜け出してWaveとの仕事に駆けつけたのだ。
長い廊下を走ってミーティングルームへと向かう途中。
(……あ……)
ふいに視界が歪み、足元がふらついた。
かすみがかる頭で、壁に手をつき身体を支える。
(……はあ……びっくりした……)
ゆっくりと視界が元に戻り、乱れた呼吸を整えると、わたしはみんなの待つ部屋へと足を向けた。