上空を流れる風は、思ったよりも強くて。
わたしが見つけた雲の影は、あっという間に近づいて来て、とうとう雨が降り始めた。
スノーウェアを着ていたおかげで、多少の雨はしのげてはいたけれど。
一気に下がり始めた気温と、完全防水ではない服では、体温が奪われてしまい。
だんだん、身体が震え始める。
「詩季ちゃん、大丈夫?」
一磨さんにこうして声をかけられる回数も、時間を追うごとに増してきていて。
わたしの手を引いてくれていた彼の手に、グッと力が込められた。
「うん……」
何とか返事をしようと、何とか前に進もうと、必死に足を動かすものの。
どうしてもみんなから遅れがちになってしまって。
「詩季ちゃん……みんなには、先に行ってもらおうか?」
「え?」
「ごめん。その方が、詩季ちゃんのペースで歩けるだろうし……気が楽かと思ったんだけど、どうかな?」
「うん……そうしてもらった方が……いい、かも」
心配そうにわたしを覗き込む瞳に、わたしは少しだけ表情を緩めた。
「分かった。でも俺は、詩季ちゃんと一緒に最後まで下りるから。安心して」
やわらかい笑みを浮かべて、ポンと頭に触れる手。
わたしが頷くと、一磨さんはすぐ後ろをついて来ていたガイドさんに合図を送る。
ガイドさんは携行していた無線を取り出して、20mほど前、先頭を歩くもう一人のガイドさんに連絡を取り始めた。
その時。
ゴゴゴッ、という地鳴りのような体感がして。
振り向いたわたしの目に映ったのは、山肌に上る白い煙。
「雪崩れだ!!」
「詩季ちゃん!掴まって!!」
ガイドさんの声と、一磨さんの声が同時に響き渡って。
腕が勢いよく引っ張られる。
「一磨さんっ!」
恐怖を感じる暇なんてなかった。
ただ、低く唸るような音と、雪煙と。
『逃げろ!』という叫び声と。
わたしの腕を引いて走る力強い手の感覚だけ。
それだけがはっきりと感じられた。
そして。
ゴゴゴゴゴー……
わたしたちのすぐ横を駆け落ちていく雪の塊。
「きゃああっ!」
その雪煙に巻かれて、あっという間に視界がなくなり。
息ができなくなる。
倒れ込んだわたしの身体を守るように。
ギュウッと抱きしめてくれる腕の力だけがやけに鮮明に感じられたのだ。