見上げればそこには、いつでも空があって。
同じ星の光を、月の光を、太陽の光を。
どこかであなたも見ていると信じている。
例えば、身体は遠く離れてしまっても。
この声が届かなくても。
空はつながっていて。
窓から射し込む光も。
流れる雲も。
舞い降りる空の雫も。
そして、わたしの頬をかすめてゆく風も。
あなたの元から流れて来たのだと。
ふたりの見つめる同じ世界が、そこにはあるのだと。
そう、信じられる。
『十勝岳登山口』
大きなバックパックを背負い、スノーウェアに身を包み。
機材を抱えた撮影隊と、監督、助監督、キャスト。
それに山岳ガイドが2人の総勢13人。
その目の前には、まだ雪の残る十勝岳がそびえている。
旭岳での撮影は、登山者も多く、さらに皆既日食とあって2日や3日で終えるのは困難で。
景色や流れに影響のないいくつかのシーンをここ、十勝岳で撮影することになったのだ。
「昨日説明した通り、登りながら撮影を行う。見ての通り、7月に入ったとはいえ雪が残っている」
言いながら秦監督は山の中腹を見上げた。
雲の切れ間から、朝陽がまるでスポットライトを当てたように、山の頂を照らしている。
「天使の梯子……」
ポツリとつぶやいた言葉に、隣に立っていた一磨さんが頷いた。
旧約聖書から取ったという呼び名、そのままに。
差し込む一筋の光はやがて、雲の流れと共に消えていき。
少しずつ青空が広がり始める。
「寒さ、それから酸素の濃度……標高はそれほど高くはないが、山に慣れる目的も含んだ登山だ。言っておくが、旭岳はここより高いぞ」
「はい!」
監督の声に全員の元気な返事が響き渡った。
満足そうに目を細めた監督がふと、わたしに視線を向ける。
「ああ。詩季ちゃんだが、一人女の子だからな……」
そこまで言って、わたしの隣に立つ人の姿に気づき、小さく笑う。
「ははっ。余計な心配だったかな、一磨」
「か、監督……」
「……汐織を頼むぞ」
「はい。彼女のサポート役は俺が務めます」
力強い彼の言葉に、かすかに緊張がほぐれていくのが分かる。
初めて登る雪解けの山。
まだ肌に触れる空気が、ひんやりと冷たい。
岩と、砂利と、緑の中に顔を出す、豊かな高山植物たち。
春を迎えた北の山に、わたしたちは一歩を踏み出した。