13

どこまでも見渡す限りの雲の海。

それが地上に影を落として、ゆっくりと流れていく。

遮るもののない広い大地に、吹き抜ける風が強くて。

飛ばされそうになった麦わら帽子を押さえた。

『なあ……汐織』

『うん?』

『お前……翼と別れたのか?』

前を走るキャンピングカーを、涼馬と汐織の乗ったオープンカーが追って行く。

『もしそうだったら……どうするの?』

『……俺と付き合わないか?』

夏。

皆既日食を見るために彼らが選んだ場所は、北海道で一番高い山。

旭岳に登山するため、観測予定日の3日前。

彼らは札幌を出発したのだった。

『……悪い。お前はそんなのになびく女じゃなかったよな……忘れてくれ』

黙ったまま、景色を眺める汐織に、涼馬はそう言った。

目の前にそびえる山岳。

そこに向かって、真っ直ぐに伸びていく道。

トウモロコシ畑、ひまわり畑、白樺の林。

真っ赤に熟れたメロンの直売所に、濃厚なミルクの味のするアイスクリーム。

青々と茂った緑も、キラキラとまぶしい太陽も。

夏を彩る香りが、風に乗って流れてくる。

その風に身を委ねるように目を閉じた瞬間。

バッと横風が汐織の被っていた帽子を吹き飛ばした。

『……あ』

風にさらわれて、くるくると回りながら流されていく帽子。

追いかけても、手が届きそうにない。

どんどん小さくなっていくそれを眺めながら。

当たり前だと思っていた未来も、こんな風に消えてなくなるのかと、汐織は思った。

『何があったか知らねえけど……翼にはちゃんと話せよ』

小さな涼馬の囁きに、思い出すのは2日前に病院で聞いた言葉だった。


まだ若いから、体力があるから大丈夫、じゃなく。

若いから、気付くのが遅れ。

若いから、進行も早かった。

誰が、こんなことを想像しただろうか。

翼が教えてくれた、あの七夕伝説の夫婦のように。

ずっと一緒に、もっとずっと、一緒にいたいと思っていたのに。

それはあまりにも、残酷な運命で。

せめてあと3日だけ。

大切な人の近くにいたい。

最後の、思い出に。

『……進行性の癌です。既に転移しています』



* #

61/176
BKM/BACK
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -