12

ハアッと肩で息を吐き出して、わたしの方を向くと。

一磨さんは観念したように言った。

「うん……そうだよ。ちょっと、嫉妬した。でも……信じてるのは、本当」

そう言って、わたしの頬に左手を伸ばす。

「詩季……好きだよ」

「え……か、一磨っ……」

スッとかけていたサングラスを外した彼は、突然。

ハンドルを握ったまま、わたしに顔を近づけると。

言葉を遮るように軽くキスをした。

それはほんの一瞬の出来事で。

瞬きすら、する暇がないくらい。

道の真ん中での不意打ちのキス。

状況を理解して真っ赤になったわたしを、優しく細められた彼の眼差しが包む。

「はははっ。詩季、顔真っ赤だよ」

「だ、だって一磨が……」

恥ずかしさを紛らわすように彼の肩を叩こうとすると。

ガシッと手首を捕まえられて。

真剣な表情をこちらに向ける一磨さん。

「そんなに可愛いと……抑えられなくなるんだけど……」

ドキッと心臓が高鳴るのと同じタイミングで青に変わった信号。

彼はわたしの手を掴んだまま、ハザードランプを点けて。

少し先へゆっくりと車を移動させ、エンジンを切った。

道の脇に立つ大きな1本の木の陰に紛れるように停車した車。

「……監督には、少し遅くなるかも知れないって、許可をもらったから……」

「一磨……」

「今は、少しだけ……汐織じゃない、詩季との時間を過ごしたい……」

北海道に来てから、わたしたちはずっと翼と汐織を演じてきた。

恋人同士であるふたりの時間は、本当のわたしたちの時間と重なっているようで、いない。

わたしは一磨さんのことを翼を通して見つめていて。

一磨さんもわたしのことを汐織を通して見つめていて。

仕事という意識がどこかでわたしたちの心にブレーキをかけていたから。

「詩季……好きだよ」

「わたしも……大好き……」

ふわっと微笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる彼の瞳。

わたしの頭に大きな手が触れて。

被っていたツバの長い帽子をそっとずらす。

まるでふたりの姿を隠すように。

「ん……」

唇に感じる温もりと。

青い空に映える白い帽子。

豊かな緑の香りに混じるのは、紫色の可憐なラベンダーの芳香。

優しく広い北の大地に包まれながら。

束の間の休息に、わたしたちはいつまでも温もりを確かめ合うのだった。



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