ハアッと肩で息を吐き出して、わたしの方を向くと。
一磨さんは観念したように言った。
「うん……そうだよ。ちょっと、嫉妬した。でも……信じてるのは、本当」
そう言って、わたしの頬に左手を伸ばす。
「詩季……好きだよ」
「え……か、一磨っ……」
スッとかけていたサングラスを外した彼は、突然。
ハンドルを握ったまま、わたしに顔を近づけると。
言葉を遮るように軽くキスをした。
それはほんの一瞬の出来事で。
瞬きすら、する暇がないくらい。
道の真ん中での不意打ちのキス。
状況を理解して真っ赤になったわたしを、優しく細められた彼の眼差しが包む。
「はははっ。詩季、顔真っ赤だよ」
「だ、だって一磨が……」
恥ずかしさを紛らわすように彼の肩を叩こうとすると。
ガシッと手首を捕まえられて。
真剣な表情をこちらに向ける一磨さん。
「そんなに可愛いと……抑えられなくなるんだけど……」
ドキッと心臓が高鳴るのと同じタイミングで青に変わった信号。
彼はわたしの手を掴んだまま、ハザードランプを点けて。
少し先へゆっくりと車を移動させ、エンジンを切った。
道の脇に立つ大きな1本の木の陰に紛れるように停車した車。
「……監督には、少し遅くなるかも知れないって、許可をもらったから……」
「一磨……」
「今は、少しだけ……汐織じゃない、詩季との時間を過ごしたい……」
北海道に来てから、わたしたちはずっと翼と汐織を演じてきた。
恋人同士であるふたりの時間は、本当のわたしたちの時間と重なっているようで、いない。
わたしは一磨さんのことを翼を通して見つめていて。
一磨さんもわたしのことを汐織を通して見つめていて。
仕事という意識がどこかでわたしたちの心にブレーキをかけていたから。
「詩季……好きだよ」
「わたしも……大好き……」
ふわっと微笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる彼の瞳。
わたしの頭に大きな手が触れて。
被っていたツバの長い帽子をそっとずらす。
まるでふたりの姿を隠すように。
「ん……」
唇に感じる温もりと。
青い空に映える白い帽子。
豊かな緑の香りに混じるのは、紫色の可憐なラベンダーの芳香。
優しく広い北の大地に包まれながら。
束の間の休息に、わたしたちはいつまでも温もりを確かめ合うのだった。