「今日これからの予定を伝えるから、よく聞いてくれ」
翌朝。
早朝に札幌での最後の撮影を終えたわたしたちはロケバスに乗り込んでいた。
助監督の宝来さんが指示を出す。
「まずここから富良野まで、このバスで移動。そこで車を3台借りて上富良野市内へ。上富良野が次の我々の拠点になる」
彼の言葉に黙って頷いていると。
ちょうどバスに乗り込んで来た秦監督がいたずらっぽくこう言った。
「誰か上富良野までドライブしたいヤツいるか?1台はオープンカーだぞ。詩季ちゃん乗せてデート気分なんてどうだ?」
「えっ!?」
監督の言葉にわたしは思わず声を上げてしまい、慌てて口元を押さえる。
同時に隣に座っていた一磨さんの腕がピクッと一瞬揺れたのが分かった。
「……あー。しょうがねー。誰もいねーなら俺が運転するか?詩季」
最初に立ち上がったのは、隼人さんだった。
ぶっきらぼうな口調に反して、照れくさそうに頭を掻きながら。
「あ。それなら僕が詩季さんを誘いますよ。隼人さんは明日撮影で詩季さんと乗りますから」
満面の笑顔で、そう隼人さんをさり気なく牽制したのは蒼太くん。
「ははっ。隼人、蒼太に一本取られたな」
「何言ってんすか、監督」
様子を見ていた監督は楽しそうにそう言って、隼人さんの背中をポンと叩く。
そんなふたりを背に、蒼太くんはわたしにやわらかい笑みを向けて言った。
「詩季さん、僕も運転には結構自信あるんですよ。僕と富良野をドライブしませんか?」
「……あの……蒼太くん」
うまい言い訳を探して答えかねていると。
「おい、義人。お前はいいのか?」
このやり取りを楽しんでいるとしか思えない、監督の声が割って入る。
「……え……あ、俺は……」
手元の本に視線を落としていた義人くんは、突然名前を呼ばれて視線をさまよわせている。
「おい、義人。お前、車乗っててよく本読めるよな。酔わねーのか?」
隼人さんの言葉に、監督が豪快に笑い声を上げる。
「ははは!悪かった、義人。読書の邪魔をしたな」
義人くんが再び手元に視線を落として、監督の笑い声が止んだ頃。
「……詩季ちゃん。みんなよりはちょっと歳が離れるけど、俺もいるからね?」
穏やかな笑みを浮かべて間に入って来たのは、宝来さんだった。
「ええっ?助監督に言われたら、俺たち役者は手も足も出ませんよ。そういうの、パワハラって言うんですよ」
「これは蒼太も一本取られたな。まあ、乗りたいヤツがいたら俺に言ってくれ。オープンカーじゃなくてもキャンピングカーでもいいぞ」
その言葉を最後に、和やかな雰囲気が車内を包む。
視線を移すと、宝来さんがこっそりとわたしに向かって頷いてくれたのが見えた。
(あ……やっぱり、助けてくれたんだ……)
わたしは思わず彼に向かって小さく頭を下げたのだった。