(あ……桜……)
ロケバスに乗り込んで、札幌へと戻る途中。
車窓に流れる景色にふと、目を奪われた。
小樽運河の脇。
ライトアップされた満開の桜が並木道を作っていて。
風が吹き抜けて花びらを巻き上げる。
夜空に舞い上がった薄桃色の花びらが、まるで星のように散りばめられて。
そしてまた、風に乗って流れていく。
それを見ながら、ちょうど1ヶ月前。
映画の制作発表会見をした日のことを思い出す。
東京であの日一磨さんと一緒に見た、暮れなずむ空と。
ふたりを包む桜の甘い香り。
わたしの中にあるたくさんの思い出たち。
それはどこかで彼へと繋がっていく。
この映画と出会っていなかったら、ここで桜を見ることも。
星の物語を知ることもなかった。
(コップ座の……翼、か……)
一磨さんに教えてもらった、翼と汐織の名前に隠された秘密。
冷たい外気にくっきりと映える月に、ふと思い立って。
進行方向のその先の空へと視線を向ける。
春の南の空にあるはずのコップ座は、暗い星ばかりの星座で。
肉眼で見分けることは難しいらしい。
そこからぐるっと180度、反対側の北東の空には。
一際キラキラと輝くこと座のベガ、織姫がいる。
『同じ空の中にいるんだ……』
翼の言葉が胸に蘇ってくる。
同じ空にいるふたり。
運命の恋。
一磨さんとわたしが出会って、そして今こうして一緒に居られることも。
たくさんの偶然や奇跡が重なったから。
わたしは監督と談笑している彼に視線を向けて。
それから手にしていた台本をパラパラと捲った。
愛し合うふたり。
そんなふたりを引き裂く、黒い影が、すぐそこに迫っていた。
それはいつものように夕食後の食器の片付けをしていた時のことだった。
『あっ……』
小さな悲鳴を上げて、突然汐織は崩れ落ちる。
手から滑り落ちた食器が、ガッシャーンと音を立てて床に落ち。
『汐織!?』
血相を変えて駆け寄って来た姉は、倒れた汐織のただならぬ様子に言葉を失った。
『汐織!?汐織!!きゅ、救急車を!!』