『ねえ、翼』
『うん?』
『前に教えてくれた、七夕の話、聞かせて……?』
『ああ……うん、いいよ。フィンランドの小さな村に、仲睦まじい夫婦がいてね。ふたりはいつも一緒にいたんだ』
『うん』
『でもふたりは亡くなって、ふたつの星になった。とても愛し合っていたふたりは、死んで星になっても一緒にいたくて……空に浮かぶ星屑を集めて光の橋を作ったんだって』
『それが、天の川……』
『そう……俺はね、汐織。その夫婦はとても幸せだったと思うけど。でもさ』
『なあに?』
『星と星は離れているけど……でもみんな、同じ空の中にいるんだよ。俺と汐織も、同じだと思うんだ』
車のボンネットにもたれながら、翼と汐織は5月の星空を見上げる。
大学の天文部で知り合ったふたりは、こうしてよく海や山へ星を見に出かける。
今日何があっただの、課題でこんなものが出ただのと、星を見ながらただ他愛ない話をするだけなのだが。
それでもふたりの間に流れる空気はゆったりとしていて。
そんな時間を過ごせることを何よりも心地よく感じていた。
「……カット!」
周囲に響く、大きなかけ声。
「さすが主演のふたりだな。息ピッタリだ。よし、良いものが撮れた。今日はこれで引き上げだ」
「ありがとうございます!」
秦監督の満足そうな言葉と笑顔に、わたしたちの声が重なって。
思わず顔を見合わせる。
途端に静かだった山間の展望台が、撤収作業の喧騒に包まれた。
「詩季ちゃん、寒くない?」
側に立っていた一磨さんがそう言って羽織っていたジャケットを脱いでわたしの肩に掛けてくれる。
脱いだばかりのジャケットは、まだ彼の温もりが残っていて、まるで抱きしめられているかのよう。
「あ、ありがとう……」
「北海道の春は日が暮れると冬みたいな寒さだね。風邪、引かないように気をつけて」
「うん……一磨さんも」
5月。
遅い春が訪れたばかりの北の大地。
わたしたちは撮影予定を1ヶ月繰り上げて、既に北海道入りしていた。
『光』
その最初の舞台は札幌と、そしてここ、小樽。
札幌市内の大学の使われなくなった校舎を借りてのシーンは、隼人さんや義人くん、蒼太くんも一緒なのだが。
小樽での撮影は主に翼と汐織のふたりのシーンになる。
映画の中でふたりが星空を見上げるそのシーンが、以前一磨さんとドライブした海でのことを思い起こさせて。
わたしは汐織を演じているはずなのに、どこか素のままの自分がそこにいることを感じていた。
それはきっと、相手が翼だから。
一磨さんだから、重ねてしまうのだ。