夜の帳が世界を包み、静寂が広がる午前2時。
春の夜の空気は、まだ冷たい。
「寒くない?」
ふわりと背中から伸ばされた腕に抱き寄せられて。
「あったかいよ」
心までじわりと温もりに包まれているような気分になる。
読み合わせを終えて開かれた食事会の後。
わたしは一磨さんに誘われてある場所に来ていた。
車を降りたその真上に広がるのは。
一面のプラネタリウム。
「キレイ……」
街から離れ、街灯すらないこの場所には。
手を伸ばせば掴めそうなほどの光が瞬いて見える。
視線を落とすと、目の前には漆黒の海。
ザザ……ン。
静かな波音が打ち寄せてくる。
ここは、ふたりで何度となく訪れた、思い出の詰まった海だった。
「……翼と汐織も、こんな風に星を眺めていたのかな……」
星の名前を持つふたりは、初めからそうと決まっていたかのように。
自然と惹かれ合い、恋に落ちた。
一緒に空を見上げ、星を見つめ、愛を育んでいく。
そして、わたしたちも。
不意に、腰に回されていた彼の腕が離れていって。
わたしの身体を優しく反転させると、またその胸に抱きしめられた。
「この映画に出演が決まってから、よく空を見るようになったんだ」
ゆっくりと穏やかな声が、わたしの耳元で聞こえる。
「詩季とこうしていられることも、出会えたことも……」
優しい海の流れのように、やわらかい温もりの中で、言葉が続けられる。
「奇跡のように小さな確率の中から生まれたことなんだって、思う」
「一磨……」
「俺はこの奇跡を、大切にしたい。詩季を……大切にしたい」
「わたしも……」
お互いを愛しむように。
存在を確かめるように。
重なり合った手が絡められて。
すぐ近くに、息遣いを感じる。
鼓動を感じる。
生きていることを感じる。
「詩季……愛してるよ……」
「わたしも……一磨……愛してる……」
数えきれないほどの言葉を。
伝えきれないほどの想いを。
ギュッと抱きしめて、わたしは目を閉じた。
心地よく胸の中に響く波の音。
数えきれないほどの光の中で、大きな大きな空に包まれながら、わたしたちは温もりを伝え合う。
夜を越えて、朝を迎えて。
星も、太陽も、雲も、全てを包み込んで。
そしてずっとそこで見守り続けてくれる空のように。
たったひとりの愛する人を守れる強さが欲しい。
ふたりの思い出を重ねていくように、重なり合った波が小さな飛沫を上げて。
その夜わたしは、彼の温もりの中で眠りについたのだった。