制作発表会見が行われてから1週間。
読み合わせの行われる、広い会議室にわたしはやって来ていた。
多くの人が関わる映画制作で、全役者が一堂に会する機会は、あって2回。
ましてこの作品は、撮影のほぼ全てを北海道で行う。
次に全員が揃うとすれば恐らく、映画の完成後になるだろう。
わたしは自分の台詞の合間、そこに居並ぶ共演者をぐるりと見渡した。
『……ああ。北海道で皆既日食が見られるのは150年ぶりらしい』
『150年前……幕末以来ってことか』
『坂本龍馬が見たとか?』
『お前なあ……龍馬は京都だろ。あるとしたら土方歳三くらいじゃねーの?』
ポンポンと軽快に交わされていく会話。
それはまるで本当にそこに映画の中の世界が広がっているように見せて。
この顔ぶれだけでなく、俳優陣の人を惹きつける魅力とその世界に、わたしは引き込まれてしまっていた。
「おい、詩季。お前読み合わせ中にボケッとしてんなよ」
クッと口の端を持ち上げて笑ったのは、人気俳優の白鳥隼人さんだった。
丸一日、椅子に座ったまま全体を通す読み合わせ。
その疲れも見せずに余裕そうな顔をしている彼にわたしは苦笑を浮かべる。
「あ……バレちゃいましたか?」
「バレバレだって。けどお前……うまくなったじゃねーか」
「え?」
思いがけない言葉を聞いて、少し目を見開くと。
今度は背後から女性の声が響いて来た。
「あら。隼人くんにしては珍しいわね。人を褒めるなんて」
振り返るとそこには、優雅に微笑む女優の葉月かおりさんの姿。
「詩季さん、久しぶりね。またあなたと共演できるなんて嬉しいわ。よろしくね」
「かおりさん……こちらこそ、よろしくお願いします」
ふたりとは以前、連続ドラマで共演したことがあった。
かおりさんはその時からわたしを妹のように可愛がってくれていて。
今回、わたしの演じる汐織の姉役で登場する。
「そういえば、新しい子が入ってたわよね。ええっと……菊山くん……だったかしら」
少し考えるようにして、かおりさんは言った。
作品の要となる役柄のキャストは、出揃っている。
けれどそれ以外でまだ配役の決まっていないものが2〜3あったのだ。
「俺の名前を覚えていてくださって感激です」
かおりさんの言葉に答えるようにして、横から声が降ってくる。
「蒼太くん」
見上げると、満面の笑顔を浮かべた青年が立っていた。
「菊山蒼太と申します。ご一緒出来て光栄です。まだまだ駆け出しの未熟者ですが、よろしくお願いします」
そう言って彼はかおりさんに頭を下げた後。
わたしに向き直って嬉しそうに笑った。
「詩季さん、ご無沙汰しています。舞台以来ですよね。またご一緒出来て光栄です」
「こちらこそ。また、よろしくね」
そうして笑顔を交わすわたしたちを見ながら、かおりさんがポツリとつぶやく。
「あら……何だか楽しいことになりそうね」
誰かの耳に入ることなく、楽しげに交わされる会話にかき消されていく言葉。
彼女は周囲をゆっくりと見回してから、ふっと微笑むのだった。