4

「詩季……?」

会見の行われたビルの屋上で、空を眺めていたわたしの背中に、声がかけられた。

何となく、空を見たくて。

ここが一番、空に近かったから。

地平に沈んだ太陽が、西の空にほんのりと赤を残していて。

振り返ると、濃い青を背にした彼の姿があった。

「一磨」

視線が繋がると同時に、彼の表情がフッと柔らかくなる。

そのまま彼は、ゆっくりとこちらに向かって。

わたしとの距離を少しずつ縮めてくれる。

「……久しぶり」

たったそれだけの言葉に、胸が詰まってしまって。

わたしはコクリと頷くことしか出来ない。

一磨さんと最後に会ったのは、もう3週間ほども前のことだっただろうか。

ここ最近、お互いに仕事が忙しく、オフが重なることがなかった。

「また、一緒に仕事が出来て……嬉しいよ」

「うん……わたしも……」

ふわりと胸に引き寄せられて、わたしは目を閉じる。

耳元に優しいリズムを刻む彼の鼓動。

会えなかった時間も、寂しさも、その温もりに包まれるだけで、満たされていく。

言葉なんてなくていい。

ひんやりとした春の空気が、風に乗って優しくふたりを包み込む。

満開の甘い、桜の香りが鼻をくすぐる。

「詩季は……知ってる?」

ゆっくりと、静かな声が伝わって来て、わたしは顔を上げる。

穏やかな眼差しがわたしを見つめながら、彼は続けた。

「俺たちが演じる翼と汐織……ふたりの名前は星から取っているんだって」

「え……星から?」

「ああ。翼は……春に南の空に見える、コップ座という小さな星座から来ているんだ」

そう言って、一磨さんはゆっくりと闇に染まっていく南の方角に視線を移す。

つられるようにして、わたしも彼の視線を追った。

小さな星座は、まだ暮れ始めた夜空の中では見つかりそうにない。

でも、そこに、確かにあるのだ。

「……汐織の織という字の由来は、詩季も知っているよね」

視線を戻した彼はそう言って。

「うん。織姫でしょう?」

顔をあげたわたしの頬を、温かい大きな手が包む。

やわらかく微笑んだ彼の瞳がわたしを覗き込んで。

「詩季……ダイヤモンドリングを一緒に見に行こう」

トクンと高鳴る胸の音が、自分でも聞き取れた。

「……それって……」

「ああ……」

映画の中で、翼が汐織に言う台詞だ。

「俺は……例えこの役でなかったとしても、同じことをキミに言ったと思う」

淡く頭上に輝き始めた光と、穏やかなその声色。

そして、揺るぎない瞳の強さ。

吹き抜けるやわらかな風が、わたしたちの髪をそっと撫でていく。

「俺たちはその瞬間を翼と汐織として迎えるけど……汐織を演じる詩季と、一緒に見たい」

「……うん……」

小さく頷くわたしに、嬉しそうな笑みを浮かべて。

「約束……ね?」

そう囁いた彼の唇が、ゆっくりとわたしの唇に重ねられた。



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