ザワザワザワ……
身動きさえ取れない、人とカメラの入り乱れる室内。
そこに司会者の第一声が響き渡った。
「それではこれより映画『光』の制作発表会見を行います」
その場に並んだ顔ぶれは、錚々たるもので。
間違いなく2011年の代表作となるだろうと誰もが思っていた。
「ではまず、監督の秦正芳からご挨拶を」
司会者の言葉に、最初にマイクを手にした初老の男性が口を開く。
「この作品は、私の監督人生最後の作品……私の遺作となる作品です」
その瞬間、会場内にどよめきが広がる。
彼は、初めて会った時と同じ言葉を口にしたのだった。
それは、桜の蕾が花開くほんの少し前、1週間前のこと。
映画の出演のオファーを受けて、わたしは顔合わせにやって来ていた。
「この作品は、私の監督人生最後の作品……私の遺作となる作品だ」
わたしの2つ隣に立った男性は、そう口火を切った。
途端、室内に静かなどよめきが走る。
秦正芳。
その名を知らない人は居ない。
アカデミー賞で外国語映画賞を受賞した経験を持つ、世界的に有名な映画界の大御所。
ここ数年、病を患ったりで一線を退いていたけれど。
その裏で若手の育成に力を注いでいたらしい。
その纏う空気の重厚感に。
そして全てを呑み込んでしまうような圧倒的な存在感と、その言葉に。
わたしは思わず身震いをした。
「……今回、助監督の宝来くん始め、将来有望な若手を多数起用している。今、私に課せられた使命は、若手の育成だと信じている」
彼が再び口を開くと、辺りは水を打ったように静まり返る。
「みんなよく覚えていてくれ……私はそれくらいの気持ちを持って、この作品を撮るつもりだ。そしてここに集まるのは、10年間温めて来たこの最後の作品に相応しい者たちであると思っている」
監督は一度言葉を区切り、ぐるっと一人一人の顔を見回す。
向けられた眼光の強さは、決意を物語っているようで。
誰もが息を飲んだに違いなかった。
「過酷なロケになるだろう。私も命を懸けるつもりで最後まで挑む。共に、素晴らしい作品を作り上げよう」
それは胸を揺さぶるほどに強い、言葉だった。
誰からともなく、その場に居合わせた人の中から拍手が起こる。
それが室内を満たした時、監督は無言で手を挙げ、それを制した。
ここにいる全ての人々が、ひとつになって監督と同じ方角を向いている。
この時、わたしはそんな気がしていた。
「では順に紹介させていただきます。助監督、宝来和人。主演、本多一磨。同じく主演、柊木詩季。白鳥隼人、藤崎義人、葉月かおり……」
司会者が順番に名前を読み上げていき、質疑応答の時間になる。
「主演のお二人に伺います。この映画に懸ける意気込みをお願いします」
記者の一人が、監督、助監督を間に挟んで並んだわたしたちに視線を向ける。
先にマイクを手にした彼は、凛とした声で真っ直ぐに前を見据えて声を発した。
「秦監督が10年間温め、監督人生の集大成となるこの作品の主演に選んでいただき、大変光栄に思っております。私は普段はWaveの一員として活動していますが、今は本多一磨という一人の人間として、この作品と、監督や詩季さんを始め共演者の皆さんと、この宇宙の神秘と、向き合っていきたいと思います」
彼のその言葉は、スッとわたしの胸の中に染み込んで。
じわりと広がり、強い決意となって根付くのだった。