「どうじゃ、佐那。三邦丸からの眺めは」
あの、寺田屋で起きた事件から程なく。
わたしたちは薩摩藩船、三邦丸の上にあった。
「ふふ……龍馬さんは本当に海が好きなんですね」
はるか彼方に見える水平線を眺める瞳が、キラキラと輝いている。
その表情がとても穏やかで、優しくて。
でもどこか少し寂しげで。
わたしは龍馬さんの横顔を見上げながら、冷たい海風と波間に光を落とす太陽に目を細めた。
この船に乗ってから、こうしてわたしは龍馬さんに頼まれ、何度となく船縁からの海を眺めている。
「海を見ると、母を思い出してのう……海という字にゃ母がおると、教えてくれたんじゃ」
「母……あ、本当ですね」
小さく相槌を打つわたしを、目を細めながら龍馬さんは見る。
「家族、か……」
再び海へと向けられた視線。
こぼれ落ちた最後の言葉は、風にさらわれて行った。
龍馬さんのお母さんは、龍馬さんが幼い頃に亡くなっているという。
その面影を重ねながら海を見ているのだろう。
優しくて、でも切なさの覗く微笑みは、そのせいなのかも知れない。
わたしも、海を眺めながら、少しだけ。
母を思った。
ギュッと締め付けられる胸を抑えながら。
その時。
突然、ブワッと突風が船の真横から吹き付け、船体が大きく傾いた。
「おわっ!」
「きゃっ!」
わたしたちはバランスを崩して倒れそうになる。
「……龍馬さんっ」
咄嗟に、わたしは手が使えない龍馬さんを抱きしめて。
そのまま折り重なるように床に倒れ込んだ。