この人の、幸せを守りたい。
他の全てを捨ててでも。
この先のふたりの未来が、どんな色をしていても。
ただ側に寄り添って、この人の笑顔を見ていたい。
わたしはただ、それだけしか考えていなかった。
「ひとつだけ……お願いがあります」
近江屋の縁側。
包帯に巻かれた龍馬さんの両手を見つめながら、わたしはゆっくりとそう口を開いた。
「……願い事とは、何じゃ?わしに出来る事は何でも叶えちゃるきに、言うてみ」
穏やかな微笑みに促され、わたしは意を決して伏せた目を龍馬さんへと戻す。
「わたしを龍馬さんの側に置いてください。どこに行くにも、例え……それが危険を伴おうとも」
「佐那……」
「わたしの願いはただひとつ……それ以外に望むものはありません。わたしを望んでくれるのなら、どこまでも連れて行ってください」
わたしの言葉に、龍馬さんの表情が驚きから、真剣な色へと変わっていく。
そして胡坐の上に置いた自分の手を見つめて黙り込んだ。
「憎いのう……」
しばらくの後、ポツリと龍馬さんはつぶやく。
「この手じゃあ、おんしを抱きしめられん」
グッと唇を噛んだ龍馬さんは、真っ直ぐにわたしを見つめて言った。
「わしは死なん……おんしと生きるために、死ねよらんぜよ」
「龍馬さん……」
伸ばされた手は、途中で声なき悲鳴を上げて止まる。
しかめられた龍馬さんの顔を見て、わたしは駆け寄り、そっと抱きしめた。
冬の京の空は、高く澄み渡っていた。
「……わしがおんしを一生守る。おんしがわしの側を離れんちゅう我儘を言うき」
「……はい。わたしも龍馬さんを一生守ります」
「共に行こう、薩摩へ……共に生きよう。約束じゃ」
耳元で告げられた言葉が、冷たい冬の空気の中に凛と響いた。
ふたりの物語の始まりを告げるように。