【ルームシェア素顔のカレ】

「ねえ……いつまで俺のこと、苗字で呼ぶの?」

「えっ?」

ふいの言葉に思わず声を上げてしまった。

日曜日の今日、久しぶりにバイトが休みで菊原さんの部屋でCDを聴かせてもらっている。

ちょうど今終わった曲は、ベートーベンピアノソナタ第26番「告別」

そう、菊原さんとの思い出の曲。

「千尋って……呼んで」

「えっ……あの……」

戸惑っていると、ニヤリと不敵な笑みを口端に浮かべ、菊原さんは言った。

「言わないと……キスするよ?」

間近に迫った瞳に吸い込まれそうになって、声が出ない。

「言っても……するけど」

そのまま、菊原さんの瞳の中に閉じ込められてしまう。

熱っぽいまなざしで近づいてくる菊原さんの顔。

心臓が大きく音を立て、視線が絡み合い、金縛りにあったように動けなくなる。

「その顔……誘ってる」

そっと頬に触れられた菊原さんの手は温かく、胸がキュッと締め付けられる。

「そんな顔……他の男の前でしたら……許さないよ」

唇が触れそうな距離で囁かれ、心臓が破裂しそうなほど駆け足になる。

「俺の名前、呼んで」

渇いた口からは言葉にならない声が漏れ、それをすくい取るかのように熱い唇が重なった。

長く深いキスと、背中に回された熱のこもる腕。

肌に触れる吐息。

「キミだから呼んでほしいと思うんだ」