縁側から見える月が白く光っている。
街灯がないせいか、月も星も夜闇に映えて、美しい。
宝石箱をひっくり返したような星空だ。
皆はもう酔い潰れて眠ってしまったのだろう。
先ほどまでの賑やかさとはうって変わり、静かな夜更けがこの屋敷を包んでいた。
今宵は、満月であった。
そっと音を立てないように庭先に下りる。
まだ冬の名残の残る弥生三月。
ふと、足元に蕗の薹が咲いているのに気づき、わたしはしゃがみ込んだ。
「……もう、随分と時が経ったのね」
誰にともなく、そんな言葉が口から零れる。
でもそれはもう、悲しみや不安ではなく。
「龍馬さんの側は……陽だまりみたいなのよ」
「……紡がそう思っちょってくれて、嬉しいのう」
思いがけず、独り言の返事が返って来て、わたしは後ろを振り向いた。
振り返らなくても、その言葉の主が誰かなど、分かっていたけれど。
「龍馬さん……」
「紡が注いでくれる酒はつい、飲み過ぎてしまうのう……ちょっこし、ええかの」
そう言って、縁側に胡座をかき、夜空を見上げる。
「おお。今宵は見事な満月じゃ」
空を仰ぎながら、龍馬さんは満面の笑みで感嘆の声を上げる。
「満月は人の心を惑わす……」
ポツリと聞こえた言葉の響きが突然変わった気がして、胸が音を立てるのを感じた。
「龍馬さん……?」
スッと立ち上がった龍馬さんが、真っ直ぐにわたしの前まで来て立ち止まる。
いつも優しい笑顔をたたえるその顔は、今日はとても真剣な色をしている。
いや。
真剣、と言うよりは、熱をはらんでいるような。
「紡……」
ゆっくりと伸ばされた腕の中に、気がつけばわたしは自分から飛び込んでいた。
まるで引力に吸い寄せられるかのように。
力強い腕がわたしを包む。
わたしを見つめる龍馬さんの黒い瞳が瞼の裏へ消えていく。
唇に感じるその熱は、いつまでも離れることがない。
わたしが注いだお酒の香りと、かすかな春の気配。
甘く、熱く、胸を揺るがす口付け。
深い夜の帳の中に、ただ息遣いと二つの影が溶けていった。
満月に、心を惑わされたのかも知れない。
――End.