ピチチチチ。
雨上がりの早朝。
朝もやの中に、ピチャンと滴り落ちた露の音が響く。
静まり返った庭先に、カタッと小さな物音がして。
すーっと襖が開かれる。
「……いいお天気になりそうね」
ふふっと笑って、わたしはそっと足音を忍ばせながら庭に下りる。
梅雨の合間に、久しぶりに晴れ渡る空。
庭の隅へと歩いていくと、そこには今年初めての薔薇の花が咲いていた。
「今年も……三つ」
そうつぶやいた時、背後でふわあっと欠伸をする気配がして。
「今日も賭けはわしの負けか。まっこと、紡には敵わんのう」
振り向くとそこにはいつものように、龍馬さんが嬉しそうに東の空を見上げている。
「ふふっ。おはようございます、龍馬さん。今日もわたしの勝ち、です」
大きく伸びをしながら、庭先へと下りて来た龍馬さんは、わたしの側までやって来て、言った。
「今年も咲いたがか」
「……はい。今年も、三つ」
龍馬さんのその視線の先には、今しがたわたしが見ていた薔薇の花の苗木があって。
もう一度それへ視線を戻したわたしの背中から、ふわりと温もりが包んでくれる。
「『愛しています』」
耳元で囁かれた言葉に、トクンと鼓動が高鳴った。
それは、わたしが以前、龍馬さんに教えた花言葉だったのだ。
三輪の薔薇の意味は、愛しています。
「わしの気持ちも、この花も、ちくとも変わっておらんのう」
わたしを抱きしめる腕にキュッと力が込められて。
そのまま片方の腕がお腹へと下りていく。
そして、ポンポンと優しくそこを撫でて、龍馬さんは照れくさそうに言った。
「おまんが羨ましいのう……紡を独り占めしちょるき」
「もう……龍馬さんったら」
わたしのお腹を撫でる、大きな温かい手に手を重ねる。
すると、ぽこんと中から合図が返って来て。
「むむっ。こりゃあもしや、おのこか?」
「ふふふっ」
思わず笑ったわたしの顔を覗き込んで、龍馬さんはにししっと笑って頬を染めた。
わたしのお腹には、今、2つ目の命が宿っている。
「『愛しています』……か……」
「ん?」
「龍馬さん。わたし、幸せです……龍馬さんの側にいられて」
春、夏、秋、冬。
巡る季節をいくつも越えて。
わたしたちの賭けは、ずっと続いている。
今日はわたしが先に起きたから、お願いをひとつ聞いてもらおう。
もうすぐ、やわらかな寝息を立てる、小さなわたしたちの宝物が起きてくる頃だから。
その前に、そっと。
「龍馬さん……キスしてください」
ふわりと腕に包まれるような、優しい温もりが唇に降りてくる。
「……紡……」
昇り始めた太陽が、庭先に優しい光を届けて。
甘い薔薇の香りが鼻をくすぐる。
カタンと二階で物音がして。
「ととさまー。かかさまー」
遠くでわたしたちを呼ぶ声が聞こえた。
――End.