「……紡」

背後から低い声が聞こえて来た瞬間、すっと後ろに引き寄せられて。

わたしは力強い腕に抱きしめられた。

「おかえりなさい……泪さん、危ないよ」

手にしていた包丁を置いて手を拭くと、わたしは後ろに首を傾げた。

それを待っていたかのように塞がれる唇。

「んっ……」

驚いて目を見開くと、泪さんの長いまつ毛が頬に影を落としていて。

彼のさらさらの髪がわたしの首筋をくすぐる。

腰に回った腕が、ぐいっと密着するように更にわたしを抱き寄せて。

わたしはゆっくりと目を閉じた。

「泪……さ……」

呼吸を忘れるほどの深い口付けに、頭の中が痺れていく。

堪えきれなくなって離れようとわたしがもがくと、意外にもすんなりと彼はわたしを解放した。

「……飯にするか」

「え……?」

「何だ。足りなかったか?」

ぼうっとしたままの思考のわたしに、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて彼はそう言った。

「も、もうっ!泪さんっ」

一瞬の後、ボッと火が点いたように赤くなったわたしの頭を、彼は優しくポンポンと撫でてくれる。

「続きも良いが……今日はお前とゆっくり過ごしたい」

その言葉の響きと、わたしを見つめる眼差しが思った以上に優しくて。

仕事で会う彼の姿とは違う、わたしだけに見せてくれる表情も仕草も。

つくづく、わたしはこの人が好きなんだと実感する。

込み上げて来る気持ちを持て余して。

わたしは彼の首に腕を回すと、自分から唇を重ねた。



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