キュッ、キュッ、キュッ。
キュッ、キュッ、キュッ。
真っ白な雪の上に、足跡が等間隔で並べられていく。
わたしはそれをいつもより少しだけ大股に辿っていく。
潤に連れられてやって来たのは、山間の林が途切れ雪に覆われた平原。
そう遠くまで来た感じではないのに、ここが東京であるとも思えない。
降り積もった雪は、都心で見るものと違い、サラサラとしている。
潤の足跡を追いかけるのがなんだか嬉しくて、わたしは頬をゆるませた。
(潤とこうしてゆっくり会うの…どれくらいぶりかな)
ホテル業界はこの時期、多忙を極めている。
一般のお客様から有名なアーティストのディナーショーまで、とにかくめまぐるしい忙しさなのだと、荘太郎さんたちが言っていた。
そんな潤から久しぶりの電話があったのは、昨夜のこと。
昨夜と言っても、日付が変わる少し前。
『明日の朝5時に迎えに行く』
そんな、彼らしいほんのひと言を残して切れた電話。
「紡」
ふいに立ち止まった彼は、わたしに向かって手を差し出した。
「潤」
その温かい手に右手を重ねようとした瞬間。
「キャッ!」
わたしは雪に足を取られて転んでしまった。
「…紡らしいな」
驚いた表情を見せた彼は、少しの間の後、フッと笑った。
顔を上げると、雪まみれになったわたしを見つめる穏やかなまなざしがある。
「早く立たないと底が抜ける」
「えっ?」
「…ここは湖の上だから」
「えっ!?う、うそっ、湖?」
焦るわたしを潤はおかしそうに笑って見ている。
「紡は面白いな…ほら、立って」
グイッとわたしの腕を掴んで起こした彼は、そのままわたしの腰を引き寄せた。
「うそ、だったの?」
足元を見ても、雪が深く、その下が何であるのかは分からない。
「さあ…どうだと思う?」
少し悪戯っ子みたいに、メガネの奥の瞳を細めてわたしを覗き込む潤。
「うーん…本当?」
「…正確。本当にここは湖の上」
そう言ってふわりと微笑んだ彼のその表情に、わたしは思わず見入ってしまう。
(大丈夫…なのかな…)
かすかに不安は残したまま、わたしは湖の先に視線を移した彼の横顔をじっと見上げていた。
早朝のひんやりと冷たい空気と、静まり返った世界。
なぜここに来たのか、何をしようとしているのかは、聞かされていない。
潤は時々、こうしてわたしにサプライズを用意してくれるのだ。
わたしはただ、彼が求めているものを待って、隣に佇んでいた。