まだ夜明け前の静けさに包まれた住宅街。
ほんのりと東に青い空が映し出されている。
シンと冷たい空気が肌をなで、まだ寝起き間もない頭を冴えさせる。
サクッ、サクッ。
東京の街は今朝、一面を白一色に覆われていた。
かすかに降り積もった雪は、太陽が昇ればあっという間に解けてしまうだろう。
だからこそ余計に、この白い景色に誘われて、わたしは少し早めに家を出たのだ。
「紡」
その時、わたしの横にスッと一台の車が音も立てずに停まった。
大きなリムジンの後部座席の窓からは、会いたかった人が顔を覗かせる。
「潤」
「…おいで」
ゆるやかな微笑みと差しのべられた手に促され、わたしは車に乗り込んだ。
広い車内。
わたしは潤の隣に腰を下ろす。
いつものように、変わりなく。
フワッ。
一瞬、視界が遮られて、首元に温もりを感じた。
見下ろすと、それは潤が首に巻いていたマフラーだった。
「潤…」
彼はわたしの首に回した腕で、そっと背中を抱き寄せる。
「外で待っていたのか?」
「雪景色が綺麗で…ちょっとお散歩してただけだよ」
「身体が冷えきってる」
少し寄りかかるように、わたしを抱きしめていた手が離され、冷えてかじかんでいるわたしの手を包んだ。
そのままギュッと手を握ったかと思うと、強い力で引っ張られる。
「……んっ」
突然奪われた唇と目の前にある彼の顔。
状況を理解した時、わたしは全身に熱が駆け巡るのを感じた。
「……お仕置きだよ」
わたしの手を握っているその手も、唇に感じる温もりも、そしてわずかに離された唇から漏れる吐息のような言葉も。
強引なのに、優しい。
甘く身体を痺れさせ、わたしに抵抗するという選択肢を与えない。
(潤…)
白み始めた空が、間もなく夜明けを告げようとしていた。