「紡」
スッと緩められたネクタイの向こう。
わたしの名前を呼ぶ声が、彼の喉を微かに上下させる。
その仕草がやけに色っぽくて、ドキリと胸が揺さぶられる。
「今日は泊まって行くんだろう?」
間近に迫る瞳と、わたしの頬をスッと撫でる指先の感触に、ゾクリと背中が震えた。
「う、うん……」
何とか押し出した声は掠れて、ようやく聞き取れるくらいのものだった。
「だったら明日、出かけるか」
「え?」
「休みが取れた。お前の行きたい所へ連れて行ってやる。ただし、富士額のネズミのいる所は却下」
わたしは思わず彼の言葉に笑みをこぼす。
「泪さんってあだ名をつけるのがうまいよね」
明日は、本当は仕事があったはずなのに。
わたしの休みに合わせて、何とか休みを取ってくれたことが嬉しかった。
その貴重な休みに、わたしをどこかに連れて行ってくれるという言葉も。
わたしは彼の首に腕を回して、肩に顔を埋めて言った。
「じゃあ、明日はここで泪さんとずっと二人でゆっくりしたい」
ギュッと腕に力を込めると、ふっと笑う気配と、頭をポンポンと優しく叩く手の温もりを感じる。
「……こういう時くらい、わがままを言え」
「だって……泪さんとずっとくっついていたいんだもん……わがままだよ」
「そうか……明日はずっと離してやらないから、覚悟しておけよ」
「……うん」
――End.