『特別、だよ……』
『わたし、一磨さんのことが……』
ふうっと小さく息を吐いて、澄み渡った青空を見上げる小さな背中。
長い髪が、やわらかな春風に揺れている。
あの言葉の続きを、まるで言わせないかのように。
彼女の携帯電話の着信音が響いた。
映画のロケ現場の高校の屋上。
静かに、彼女を見つめる一磨の姿がそこにはある。
ふたりの間にある距離。
それはお互いの空気をほのかに感じる、けれど埋まらない距離だった。
雲ひとつない青空を見上げる。
『自分のするべき事と責任を考えろ』
一磨さんに想いを伝えようとした、3週間前のあの日。
かかって来た電話は山田さんからのものだった。
その時に言われた言葉が、わたしの想いを押し留めていて。
わたしはこの迷いから逃れるように。
忘れるように、仕事に打ち込むしかなかった。
ピピピッと、休憩時間の終わりを告げるアラームが鳴り。
わたしは立ち上がると、屋上を後にした。
そんなわたしの姿を見つめる瞳を残して。
「詩季ちゃん、お疲れ様」
最後のシーンの撮影が終わり、ホッと息をついたわたしの背後から声がかけられる。
「……一磨さん。お疲れ様です」
振り返ったわたしに、優しい眼差しが向けられて。
久しぶりに聞く彼の穏やかな声も、微笑みも。
わたしの心を揺らすのに十分で。
そして同時に、この胸の痛みも疼く。
「……久しぶりだね」
「そう……ですね」
ぎこちなく微笑みを返すわたしを見て、フッとその顔から笑みが消える。
「詩季ちゃん……」
「え……一磨、さん……?」
ゆっくりとこちらに伸ばされた手が、わたしの頬に触れようとした。
真剣な眼差しにドキンと一際激しく胸が高鳴って、呼吸が苦しくなる。
(あれ……何だか……)
そう思った時。
ふわりと身体が揺れて、目の前にある彼の姿が歪んだ。
「詩季ちゃん!」
わたしの名前を呼ぶ声と、身体を支えてくれる力強い腕の感触。
彼の温もりに、安心するようにわたしの意識は闇に飲まれて行ったのだった。