「あ、詩季ちゃん。こっちだよ」

カラン、とドアベルの響くのと同時に、わたしに気がついた翔くんが片手を挙げる。

オレンジのランプの灯りが落ち着いた雰囲気を見せる、小さな隠れ家風のカフェ。

以前にも来たことがあるけれど、今日は、少し大人の雰囲気が漂っている。

エントランスには『valentine night』と貼り紙がしてあった。

「何だかいつもと雰囲気が違うね……」

室内に視線を向けながらわたしはカウンターに座る彼の隣に腰を下ろす。

「……うん。オレもちょっとびっくりした」

視線が合うと、フッと微笑んでくれる彼のその表情が、いつもより大人っぽく見えて。

ふわりと優しく鼓動が早まっていく心地よさを感じる。

わたしたちはそれぞれ、バレンタイン用のチョコレートカクテルを注文した。

成人してからも、あまりお酒は口にしていない。

でも、今日だけは特別。

「翔くん……お誕生日おめでとう」

「……ありがとう」

そう、2月14日。

今日は彼の誕生日でもあった。

「……詩季ちゃん。気分はどう?」

まだ少しだけ、ふわふわとする視界に、翔くんの心配そうな顔が覗く。

「うん、大丈夫だよ。ごめんね……翔くんのお誕生日なのに」

連日の仕事の忙しさと空きっ腹にお酒を飲んだせいで、わたしはすっかり酔ってしまって。

カフェから近い彼の家で少し休憩させてもらうことにしたのだ。

「ううん。気にしないで。甘いお酒って、意外とアルコールが強いからね」

そう言う彼は、酔った素振りを少しも見せずに、わたしをここまで運んでくれた。

肩を抱き寄せる力強い腕の感覚だけが、まだ残っている。

「詩季ちゃん。これ……つけてもらってもいい?」

そう言って彼が差し出したのは、シンプルなプレートのついたペンダント。

彼の誕生石のアメジストとイニシャルが入っていて。

悩んだ末にわたしが選んだ誕生日プレゼントだった。

「詩季ちゃん……」

彼の首に回した手が、大きな手に包まれる。

「なあに?」

カチャリと金具が留まる音が響いた後、彼は振り向きざま、グイッとわたしの手を引いた。

「あっ」

一瞬、視界が真っ暗になり、気がつくとわたしは彼の胸の中にいて。

慌てて顔を上げると、吐息が触れる距離に彼の真剣なまなざしがあった。

「……来年も、その先も、ずっと……一緒にこの日を過ごしたい。詩季ちゃんの誕生日も、クリスマスも……ずっと」

「……うん」

間近に迫る瞳が熱を帯びて。

いつも優しくわたしを抱きしめてくれる腕が、今夜は痛いくらいだ。

「詩季……」

「……んっ」

その言葉を合図に、呼吸を奪うような口付けが降りてきた。

離れても、離れても、触れ合う唇。

ゆっくりと背中がソファに横たえられ。

わたしは甘い予感に目を閉じた。

冷たい夜の空気と、熱い手が肌に触れて、そこから熱が広がる。

そしてわたしの思考は、甘い夜に溶けていく。

チョコレートの香りとともに。

――End.



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