――第1部・宇治抹茶編

「第90回、紅白歌合戦」

総合司会を務めるアナウンサーの声が広い会場の中に響き渡った。

12月31日、大晦日。

わたしは震える手を握りしめながら、舞台袖に立つ。

(ど、どうしよう……震えがおさまらない……)

緊張がピークに達した時。

「詩季ちゃん。緊張してるん?」

ギュッと大きな手がわたしの手を包んだ。

見上げると慎之介さんの優しいまなざしが向けられている。

「慎之介さん……」

わたしの震える声に、彼はニッと笑って言った。

「ほな……おまじないしよか」

「え?」

わたしの耳元に顔を近づけた慎之介さんは、まるで耳打ちするかのように、チュッと頬に唇を触れた。

「し、慎之介さんっ」

カーッと一気に顔が火照り、思わず彼の胸を押し返した。

「も、もうっ。こんなところで……」

「ハハッ。怒られてもうたな。でも……緊張、解けた?」

「あ……」

わたしの顔を覗き込む瞳が優しく細められた。

「こら、慎。そろそろ出番やで」

するとわたしたちの背後から、松田さんの声が割り込んできた。

「なんや隆やん。邪魔せんといてぇな……ほな、詩季ちゃん、頑張ろな」

眉を潜めながらも、慎之介さんはわたしに笑顔を向けて、反対側の舞台袖へと歩いていく。

その様子を見守っていると、隣でフッとかすかに笑う気配がした。

「詩季ちゃん……着物、よう似合うてる」

「……松田さん。ありがとうございます」

穏やかなまなざしに照れくささを感じながら、わたしは自分の振袖姿に目を落とした。

「今日はライバルやけど……詩季ちゃんのこと、見守ってるから」

「松田さん……」

「ほな、またね」

わたしの肩をポンと叩くと、足早に立ち去っていくその後ろ姿を見ながら、わたしは緊張が解れて行くのを感じていた。


「それでは、白組の司会を務めます、宇治抹茶のお二人です」

アナウンサーの言葉に会場には割れんばかりの拍手が響き渡った。

そして。

「対する赤組はこの方、柊木詩季さんです」



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