「あ……」
食器を洗い終えてリビングに戻ると、そこに置かれたソファでウトウトと眠る姿があった。
(亮太くん……)
わたしはそっと音を立てないように彼に近づく。
長いまつ毛が白い肌に影を落とし、ふわふわと柔らかい栗毛が彼のゆるやかな呼吸に合わせてかすかに揺れている。
それは、初めて見る彼の寝顔だった。
何よりも仕事に一所懸命で。
そのためなら自分自身でさえも犠牲にできる。
Waveのメンバーにさえ、本当の自分を隠して生きてきた亮太くん。
そんな彼の変化を、少しずつ確実にわたしも周りの人たちも感じている。
この部屋にわたしを招いてくれたのも、そのひとつ。
(いつも……お疲れさま)
わたしは近くに置いてあったブランケットを手にし、起こさないようにそっと彼の身体に掛けた。
彼のテリトリーに、この部屋の中にわたしが踏み入ること。
それは彼にとってものすごく重大なことだったのだろう。
きっと、わたしの知らないたくさんの葛藤があったのだろう。
だからこそ、彼が笑って「いらっしゃい」と言ってくれた時、涙が出そうなくらいに嬉しかった。
「亮太くん……ありがとう……」
わたしに心を見せてくれたこと。
わたしを受け入れてくれたこと。
わたしを信じてくれたこと。
(大好き……)
あふれる気持ちを抑えきれずに、わたしは彼の顔にそっと近づき、その頬に唇を寄せた。
ふわりと爽やかな、でも少し甘みのあるコロンの香りが鼻をくすぐる。
唇を離した時、なぜか気がつくとわたしの頬には一筋の涙が伝っていた。
(そろそろ……帰ろうかな)
時計を見上げると、9時を回っている。
これ以上ここにいてはいけない気がして、わたしは立ち上がると壁に掛けられたハンガーからコートを外した。
帰り支度を済ませ、わたしはもう一度亮太くんの側に近寄る。
穏やかに眠っている、少しあどけなさを残した顔。
わたしはそれに手を伸ばそうとして……止めた。
何となく、触れていいものか躊躇ったのかもしれない。