「……詩季ちゃん」
トン、トン。
ふいに耳元をくすぐった、低くわたしの名前を呼ぶささやき。
長い指が机の端を叩いて、小さく合図する。
わたしは読んでいた本から顔を上げて、後ろに視線を向けた。
「……義人くん」
わたしの顔のすぐ横に、切れ長の目があり、トクンと胸が揺れる。
その目がスッと細められ、彼は口元にかすかに笑みを浮かべてまた、小さくささやいた。
「……そろそろ行こうか?」
その言葉に壁に掛けられている時計に視線を向けると、もうお昼時を過ぎていた。
「あ……そうだね。つい、読みふけっちゃって」
少し肩をすくめて見せるわたしに、義人くんはフッと穏やかに微笑んだ。
「知ってる。すごく真剣に読んでたね……それ、借りて行く?」
「あ、うん」
「じゃあ、一緒に借りてくる。貸して」
わたしは差し出された彼の手に、読んでいた本を乗せた。
「ロビーで待ってて」
「うん。ありがとう」
よく晴れた秋の1日。
久しぶりにオフが重なったわたしたちは、図書館へ来ていた。
ふたりで過ごす時は、いつも決まって義人くんの部屋。
でも今日は珍しく、彼の方から出かけようと誘われて、驚きながらもついて来たら……
(ふふ。義人くんらしいなぁ)
ロビーの窓から見える真っ青な空と、黄色と緑が生い茂る公園。
この図書館は、広い公園の中に建てられている。
辺りは銀杏が葉を黄色に染め、キレイに剪定された樹木と公園の中央にある大きな池、やわらかな芝生がとても居心地がいい。
「お待たせ。行こう」
スッと背中に触れた手が、そのままそっとわたしを外へと促す。
黙って歩いていく義人くんの隣を、ただ黙って歩いていくわたし。
わたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれているのが、何だかとっても嬉しい。
時々触れ合う腕と腕。
見上げると、わたしの視線に気づいた義人くんも、わたしに視線を向けてくれる。
その瞬間、フワリと彼の目が細められ、わたしの腰が彼の方へと引き寄せられた。
(あっ……)
突然の大胆な行動に少し驚きながらも、わたしは彼に寄り添った。
平日の昼過ぎ。
公園にはほとんど人がいない。
わたしたちは池が見渡せる場所まで来ると、近くにあったベンチに並んで腰かける。
「……はい。どうぞ」
わたしは自宅から作って持って来たお弁当をバスケットの中から取り出して渡した。
青い空を映す水面を眺めながら、食後のお茶を水筒から注ぎながら、わたしはゆっくりと口を開いた。
「……ありがとう」
「え?」
「こんなステキなところに連れて来てくれて」
「……いや」
わたしの言葉に、彼は少し目を見開いた後、顔を伏せた。
「義人……くん?」
その表情が少し悲しそうに、不安そうに見えて、わたしは彼の顔を覗き込む。
「……その……いつも、俺の部屋で過ごしてばかりだから……我慢、させてるんじゃないかって……」
「えっ?それって……もしかして、京介くんに言われた、とか?」
わたしは以前、テレビ局の廊下で京介くんに言われた言葉を思い出した。