若葉についた朝露が昇り始めた陽の光に照らし出される頃。
わたしは買ったばかりの夏用のワンピースを着て、ジャケットを羽織り家を出た。
もう随分と夏が近づいて来ている気がする。
爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで。
わたしは一歩踏み出す。
デートにでも向かうような、そんな気分で。
「おはようございます!」
今日の撮影現場は、都内にある古民家カフェ。
古き良き時代の名残を感じさせる、落ち着いた雰囲気の日本家屋だ。
周りにいたスタッフさんに挨拶をしていると、背後から声を掛けられる。
「……詩季ちゃん」
振り返るとそこには、かすかに微笑みを浮かべた、愛しい人の姿。
「義人くん……おはよう」
「うん。おはよう……今日はよろしくね」
彼のピンでの仕事はとても珍しい。
ドラマなどの俳優としての仕事は多いけれど。
こういうバラエティー系の番組はまず一人で受けることはなかった。
でも、今回は特別だった。
「詩季ちゃんは、どの本を持って来た?」
ゆるやかに表情を和らげながら、義人くんはそう言って。
手にしていた文庫本を掲げて見せる。
「あ……」
そこに書かれたタイトルを見て、わたしは慌てて手にしていたカバンから本を取り出した。
「一緒、だね?」
フッと優しい、久しぶりに見る笑顔から、目が離せない。
最後に会ったのも、仕事場だった。
一瞬、ふっとわたしの中で、押し込めていた想いがこぼれそうになって。
胸がギュウッと締め付けられた。
息が出来ないくらいに。
「それじゃあ、リハ行きまーす」
スタッフさんの声にハッとして、わたしたちは席に着く。
今日これから行われるのは、ある作家さんとの対談。
そう。
わたしたちを最初に繋いでくれた本を書いた作家さんだ。
そして、好きな作品をひとつ持って来るようにとの指示に、わたしたちが選んだのも。
あの時、わたしが彼に貸した本だった。