サアァ…ッ。

吹き抜ける春の風が、満開の桜の花びらを巻き上げる。

過労で倒れたわたしは、1週間入院することになり。

その間に桜は、満開の季節を迎えてしまった。

病院の一角にある大きな桜の木も、今日の暖かい陽気に誘われて、満開になった。

春の日差しを浴びながら、わたしは少しだけ。

この桜の木まで、散歩に出かけることにしたのだ。

「今年はお花見に行けなかったけど……来年は行けるといいなぁ……」

出来ればその時、隣に一磨さんの姿があったら。

そう口にしかけて、思い直す。

「……なんて。一磨さんにとってわたしは、妹なんだから……」

フッと自嘲気味につぶやいて、わたしはまだ少しだけ疼く胸で、キュッと手を握った。

「……そういう設定に、したんだったね……」

「……え?」

不意に、背後から声をかけられて。

ドキンと胸が高鳴るのを感じながら、わたしはゆっくりと振り返る。

「一磨さん……」

「病室に行ったら、外だって聞いて……満開になったんだね」

ふわりと優しく微笑みを浮かべながら、彼はそう言ってわたしの隣に並んだ。


「あの時は、まだ蕾だったな……」

彼女が倒れた日。

救急車で運ばれる彼女に付き添って、一磨は病院にやって来ていた。

「詩季ちゃんが倒れた時……誰よりも近くに居られて、良かった」

「一磨さん……?」

かすかに目を見開いて、戸惑いの表情を浮かべる彼女。

後ろ手にグッと握りしめた拳が、少し震えている。

面会時間ギリギリまで、彼女の手を握ったまま、側を離れなかったのは。

彼女を追い詰めてしまった自分の不甲斐なさと、二度とこの手を離したくないという決意から。

「詩季ちゃん」


穏やかな微笑みをたたえる表情が、真剣なものに変わって。

わたしは思わず息を飲んだ。

「詩季ちゃん……」

もう一度名前を呼ばれるのと同時に、わたしの身体は一磨さんの温もりに包まれていた。

「一磨、さ……」

「ごめん。詩季ちゃんのこと、妹みたいだって言ったこと……今から撤回しても、間に合うかな?」

「え?」

ギュッと、背中に回った腕に力が込められて。

わたしの心臓は張り裂けんばかりに早鐘を打ち始める。

「……詩季ちゃんが好きだ。君への気持ちを認めてもらいたくて……事務所にも、メンバーにも……」

「一磨さん……」

「詩季ちゃんのことを、ずっと側で……守らせてほしい」

凛と耳に届く声が、ずっと求めていた温もりが、想いが伝わって、熱い涙がこぼれ落ちる。

何も言えないでいるわたしからそっと手が離れて、心配そうな眼差しが覗き込む。

「……わたしも、一磨さんが好き。ずっと、好きだったから……」

桜の木の下で、やっと繋がった想い。

再びわたしは彼の腕に包まれて。

肩越しに見える満開の桜を見上げた。

「来年は、一緒に花見に行こう」

「……はい」


――End.



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