「ねえ、詩季ちゃん……ええやん?たまには俺と食事行こうよ」
テレビ局の廊下。
わたしはバラエティ番組で共演したベテランお笑い芸人さんに声をかけられていた。
(うわ……つかまっちゃった……どうしよう)
相手はベテランとはいえ、まだ20代後半の若く顔立ちのきれいな芸人さん。
その人気ぶりは必至で、若手お笑い芸人の中でナンバー3に入るほどだ。
(でも……すごく手が早いって有名なんだよね……)
そう、彼の女性関係の噂は絶えることがない。
「ね、俺、いい店知ってんねん」
そう言ってさりげなく身体を寄せて、わたしの肩に触れる。
(これだからなるべく避けてたのに……どうしよう、断ったらまずい……よね……)
わたしは返事に困って曖昧な笑みを浮かべる。
「な、いっぺんくらいええやん?せっかく仲良くなれたんやし」
「あの……えっと……」
「あ、もちろん俺のおごりやから心配せんといてな。……ほな、お姫様、行こか」
やわらかく差し出された手が、わたしの背中に回ろうとした時。
「……詩季ちゃん!」
聞き覚えのある声に振り向くと、義人くんが駆け寄ってくる。
(えっ……どうして義人くんが……?)
今日はWaveが出演する番組の収録があるという話は聞いていない。
戸惑いながら義人くんを見つめていると、彼がWaveで歌う時とは違う衣装を着ていることに気づく。
(あ、そうだ……ドラマの撮影スタジオがここにあるんだっけ……)
彼は今、連続ドラマへの出演が決まり、撮影の最中なのだ。
久しぶり会う義人くんのその表情は驚くほど冷たく、射るような視線が相手に注がれている。
(どうしよう……怒ってる……)
「……すいません。彼女、先約があるので」
「えっ」
背の高い義人くんは、自然と芸人さんを見下ろす形になる。
ふたりの間に、見えない火花が散った気がした。
「じゃ、行こう」
わたしの腕を掴んで、グイグイと引っ張っていく義人くん。
「ま、待って……!」
彼の歩く速さに遅れをとって、つまづきそうになった瞬間。
グイッ!
わたしは腕を引かれるままに、開いていた部屋に引き込まれ、壁に背中を押し付けられた。