「……つぐみ」
カツン、カツン。
照明が落ち、静まり返った映画館に、足音が響き渡る。
暗くて顔は見えないけれど、その声は。
そのシルエットは。
わたしが一番望んでいたもの。
「涼……真……」
一歩、一歩、ふたりの距離が縮まるにつれて、視界が少しずつ歪んで行く。
(涼真……隼人……)
彼の顔がようやく暗がりの中でも確認出来るようになった頃には、もう。
溜まった涙で視界は閉ざされてしまっていた。
「迎えに来るのが遅くなって、ごめん……」
そう言って、涼真はわたしに微笑みかけて。
そのまま、本当なら、抱きしめられるはずだった。
「……つぐみ」
そっと名前を呼んだ彼は、その場に片膝をつく。
「俺と……結婚してくれないか」
言葉と共に差し出されたのは、赤い、薔薇の花束。
(えっ……?)
台本にはない展開に、少し戸惑うわたしに、隼人は。
ううん、涼真は言った。
「答えは?」
ニヤリと笑ったその表情に、胸がギュッと締めつけられて。
「そんなの、とっくに決まってるよ……」
つぐみの、最後の台詞を口にした瞬間。
涙が洪水のように溢れ出し、わたしは涼真の腕の中に抱きしめられていた。
「カーット!……OK!」
監督の声が響き渡るのと同時に、パーンとクラッカーの音があちこちで鳴り響く。
「つぐみ、涼真……お疲れさん。最後のアドリブの花束、良かったよ」
「監督……ありがとうございました」
わたしたちに近づいて来た監督がそう労ってくれて、わたしはまた涙が止まらなくなってしまう。
半年をかけて挑んで来たドラマの撮影が、この日クランクアップを迎えた。
隼人との久しぶりの共演。
夢を追いかけてアメリカへ渡る男性と、その男性の迎えに来るという言葉を信じて待ち続ける女性。
わたしたちはそんな切ない恋人同士の役を演じていた。
「詩季。いい加減に泣き止めよ」
「だって……」
涙が止まらないわたしの腕を引いて、近くの椅子に座らせると。
隼人はポンポンと優しく頭を叩いて言った。
「よく、頑張ったな……つぐみ」
彼の優しい言葉に、また涙が頬を伝って行く。
「それじゃあ、片付けを終えたら打ち上げに行くぞー!」
監督の声が響いて、周りのスタッフは片付けを始める。
「詩季。着替えたらここで待ってろ」
「え?」
「いいから、待ってろよ。分かったな」
突然の言葉に戸惑うわたしに構うことなく、隼人は控え室へと立ち去って行ってしまった。