カツン、カツン。
氷の床に敷きつめられた赤い絨毯。
シンと静まり返った教会の中に響くふたつの足音。
「……キレイ、だね」
月の光が、灯りの落ちた教会の中にスッと差し込んで。
辺りをやわらかく照らし出す。
祭壇の前までやって来ると、わたしたちはどちらからともなく手を離して向き合った。
その時。
「……その健やかなるときも、病めるときも、これを愛し、これを敬い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
「……え?」
穏やかな優しい、低い声は、入り口の方から響いていて。
振り返ると、今日の挙式の時に見かけた神父さんの姿。
「あ……すみません。勝手に入ってしまって……」
慌てて謝る一磨さんに、神父さんはやわらかく笑って言った。
「いいんですよ。明日にはなくなってしまいます……もしよろしければ、最後の結婚式の立会人をさせてもらえませんか?」
「えっ?」
思いがけない言葉に、わたしたちは目を丸くする。
「……はい。お願いしても?」
一瞬の間の後で、言葉を失っていた一磨さんはそう答えた。
「か、一磨さんっ」
ボッと音を立てて火を吹くように、わたしの顔に熱が上がってくる。
でも。
見上げた彼の頬も、赤く染まっていて。
戸惑いながらもわたしたちは、神父さんに促されて祭壇に向き直った。
「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
3本の蝋燭の立てられた燭台が、ひんやりと冷たい空気の中で、鮮やかにオレンジ色を放ち。
厳かな響きを帯びる神父さんの言葉に、一磨さんが頷く。
「……誓います」
凛とした声が澄んだ空気を震わせた。
「……その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」
神父さんは同じ言葉をわたしに向かって語りかける。
「はい……誓います」
ただの真似事のはずなのに、自分でも声が震えているのが分かった。
「詩季ちゃん……そのブーケを貸して」
「え?」
誓いの言葉を言い終えたわたしに、彼はそうささやいて、わたしは戸惑いながらブーケを差し出す。
それを見ていた神父さんは、穏やかな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「では、指輪の交換を……」
「今は……このブーケを。指輪は、本番の時まで、待っていてくれる?」
差し出されたブーケをそっと受け取って、わたしは頷き返す。
「……あ」
ふと思い立って、わたしは足元に置いていたカバンを探った。
「これは……」
「うん。今日……渡そうと思って……」
「……ありがとう」
ふわりと優しい微笑みと共に、わたしの手から彼が受け取ったもの。
それは昨日手作りした、チョコレートの入った小さな箱。
そのまま、彼の手はわたしの腰をゆっくりと引き寄せる。
「……生涯、君を愛すると誓うよ」
ささやきと共に降りてくるやわらかな温もり。
それが触れ合う瞬間。
神父さんの声が耳にこだました。
「……誓いのキスを……」
――End.