「行って来ます!」
2月も半ばに差し掛かったある日。
わたしは勢いよく家を飛び出して、車にもたれかかっている人影に声をかけた。
「夏輝さんっ」
西から射し込む夕陽に照らされて、振り返った彼は目を細めて微笑んだ。
「詩季ちゃん」
駆け寄ったわたしに、彼は回り込んで助手席の扉を開けてくれる。
「……はい、お姫様」
「ふふっ。ありがとうございます」
いたずらっぽく笑う彼に、わたしも思わず笑顔がこぼれる。
そんなわたしを見て、また目を細める夏輝さん。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
滑り出した車は、長い影を落としながら住宅街に紛れていく。
東から迫り来る夜の闇から逃れるように。
「……ごちそうさまでした」
レストランで食事を済ませたわたしたちは、そのまま少し夜の街を歩くことにした。
「街中を歩くなんて、久しぶりかも」
フッと笑ってから、彼はそっとわたしの手を取る。
「な、夏輝さん……」
誰かに見つかったら、と言おうとしたわたしの気持ちを察してか、彼は握った手に力を込めて言った。
「大丈夫……誰も俺たちのことなんて見てないから」
バレンタインが近いせいか、すれ違うのはカップルばかりで。
確かに彼の言葉の通りに、わたしたちを振り返る人もいない。
「……ね?」
顔を見合わせてわたしたちはクスクスと笑い合う。
「ねえ……夏輝さん。これからどこに行くんですか?」
ふと、さっきから疑問に思っていたことを尋ねると。
彼は一瞬目を逸らして、ごまかすようにハハッと笑った。
「うーん。そうだな……それは着いてからのお楽しみ、かな?」
「お楽しみ?」
「そんなに遠くないから……あ、でも足……大丈夫?」
心配そうに彼が見つめたわたしの足元には、高いヒールのついたブーティ。
つい最近、雑誌の撮影で履いたものを、気に入って買い取ったのだ。
「あ、大丈夫です。気にしないでください」
彼の細かな気配りが嬉しくて、わたしはそっと彼の腕に寄り添った。