カランと、テーブルに置かれたグラスの中の氷が音を立てて崩れる。
オレンジ色のランプの灯りが、静かな落ち着いた空間を演出していて。
ゆっくりと流れるジャズに合わせて、何組かのカップルが踊っている。
わたしの前には、鮮やかな紅色をしたカクテル、『バレンタインキッス』。
プリザーブドされた紅色の薔薇が一輪、カクテルグラスの柄に巻き付けられていて。
歳は30代くらいだろうか。
人の良さそうなバーテンダーの男性が、これはリストレットになるよと教えてくれた。
そして。
向かいに座る彼の長い指がそっと持ち上げたのは、マティーニ。
それを静かに口に含むその仕草と、ランプの灯りが映る、伏せられた瞳がやけに艶を帯びていて。
彼が纏っているいつもの甘い空気を、今日は一層引き立てている気がする。
本当に、彼はこういう場所がよく似合う。
「詩季ちゃん。ちょっと腕、出してみて」
スッとわたしのグラスを引き寄せて、彼はそう言った。
差し出した左手を、長い指が掴まえて。
紅を差すように、ゆっくりと優しく手首に巻かれた薔薇の花。
最後にチュッと、手の甲に唇が落とされて。
長いまつ毛が揺れた。
「京介……くん……」
どうしてこんなにも、心が揺さぶられるのだろう。
彼の仕草、まなざし、温もり。
全てがわたしをさらって行ってしまう。
ふと、曲調が変わって、それに合わせるように彼が椅子から立ち上がった。
「一曲、踊って帰ろうよ……ね?」
わたしの耳元にささやかれる言葉に、逆らうことなどできない。
まるで抱きしめるように、わたしの背中に回された手が、やけに熱く感じる。
わたしの視界には、彼の胸しか映っていない。
「……俺だけを見て……」
「京介くん……」
「何でこんなに……壊したくなるくらい……好きなんだろう……」
戸惑っているような、自嘲めいたような、照れ隠しのような。
そんなつぶやきが落とされた。
「知ってる?この、薔薇の花言葉……」
「……ううん。何て言うの?」
「『死ぬほど恋焦がれています』」
――End.