……コンコン。
「あ、あの……詩季です」
ためらいながらも、わたしはWaveの控え室の扉をノックした。
(今の声……一磨さん……だよね……?)
今しがた室内から漏れ聞こえた声を気にしながら待っていると、カチャリと内側から扉が開く。
顔を覗かせたのは、義人くんだった。
「……ごめん。ちょっと取り込んでて」
わたしをそっと招き入れた義人くんは、そう耳打ちをした。
「えっ……あの、それじゃあわたし、お邪魔じゃ……」
「いや。いつものことだから」
室内には、ばつの悪そうな表情を浮かべる京介くんと、顔の赤い一磨さんと翔くんがいる。
「あっ、噂をすればの詩季ちゃん」
真っ先に声をかけて来たのは、そんなみんなの様子を全く気にも留めていないような、亮太くんの笑顔。
「えっ?噂?……わたしの……?」
何がなんだか分からないわたしの様子に、義人くんがフッと笑った。
「……じゃ、俺は行くから」
そのまま出て行こうとする義人くんを見た翔くんと亮太くんも、ハッとしたように時計を見る。
「うわっ!いけね、俺も次の仕事行かないと。詩季ちゃん、またね」
「あっ、え、うん……お仕事頑張ってね」
バタバタと控え室を立ち去っていく3人に続いて、京介くんもゆっくりと腰を上げた。
「ごめん、詩季ちゃん……一磨の機嫌、直してやってくれる?」
「え……?」
訳が分からないわたしに意味深な微笑みを向けた京介くんは、去り際にこうつぶやいた。
「……大人のキスの味、今度教えてね」
「えっ?……ええっ?」
そのまま閉まった扉をわたしはしばらく呆然と見つめていた。
(な、何だったんだろう……?)
静まり返った室内。
ゆっくりと視線を一磨さんに向けるものの、彼は横を向いたまま目を合わせてくれない。
このままここにいて良いのかと戸惑いながら扉の前に立っていると……
やがて一磨さんがフウーッと長い息を吐き出した。
「あ、あの……一磨さん……?」
「……詩季ちゃん」
おずおずと呼びかけたわたしに、一磨さんはまっすぐに近づくと、グイッと腰を抱き寄せる。
そして真剣なまなざしが向けられたかと思うと、強引に唇を奪われた。
(えっ!……え?)
混乱するわたしの目の前には一磨さんの顔があり、ようやく状況を理解したわたしは彼の胸を押し返した。
「……ごめん……」
「う、ううん……」
戸惑いと恥ずかしさで顔が一気に熱くなり、思わず俯く。
すると、腕を緩めた一磨さんが小さくつぶやいた。
「詩季ちゃんの……CMを見たんだ。それで……」
(わたしのCM?って……新作ルージュの……?)
わたしの疑問に答えるかのように、一磨さんはもう一度腰を抱き寄せ、耳元で低くささやく。
「すごく……キレイだったよ。他の男には見せたくないくらいに……」
「あ……」
口を開きかけたわたしの声は、一磨さんの唇に吸い込まれた。
腰に回される腕。
わたしの後頭部を支える大きな手。
触れ合う唇から漏れる熱い吐息。
「詩季……」
深く重なった唇のすき間から、わたしの名前が呼ばれる。
わたしたちはお互いの温もりを求めて、きつく抱きしめ合った。
絡まり合う息遣い。
それは次第にわたしの意識を遠ざけていく。
まるで海に溺れるかのように。
――――End.