「……一重の薔薇には、『清純な愛、静かな愛と敬意』という意味があるそうですよ。それでは歌っていただきましょう。詩季さんで、『rose』」

1月も下旬に差し掛かったある日。

わたしは生放送の音楽番組に新曲を披露するため出演していた。

この『rose』という新曲は、バレンタイン・ホワイトデーを意識したラブソングで、わたしが作詞を担当している。

しっとりと甘いバラードを歌いながら、無意識に視線が出演者席へと移動する。

ふたりの視線が、ほんの数秒、絡まった。

かすかに頬を赤く染めて、視線を逸らしたのは。

(義人くん……)


「……詩季ちゃん」

ギュウッと腕にこもる力が、わたしの身体を締め付けて、わたしは戸惑いながらもその背中にそっと触れる。

「義人くん……?」

番組が終わって戻って来た控え室の中。

訪ねて来てくれた彼を招き入れたその瞬間、わたしは彼に抱きしめられていたのだった。

視界の端に、抱きしめられた時に床に落ちた花冠が映る。

曲に合わせて作ってもらった、白い一重の薔薇をあしらったものだ。

「ごめん……うまく言えないけど……」

ゆっくりと身体を離した彼は、落ちた花冠を拾い上げながら、ポツリとつぶやいた。

「一重の薔薇……」

手にした花冠をわたしの頭に乗せて。

その大きな手の温もりが頬へと移動する。

見上げた彼の瞳は穏やかで、でもどこか艶を含んで細められている。

一重の薔薇は、わたしの、あなたへの気持ち。

歌も、心も。

「詩季」

手を伸ばすと、彼の腕がもう一度わたしの腰を引き寄せる。

近づいたふたりの瞳が静かに伏せられて。

吐息と吐息が絡まり合う中でささやきが落とされる。

「愛してる」

ほのかな薔薇の香りの誘惑にわたしたちは包まれて。

呼吸も、思考も、何もかもを溶かしてしまうほどの口付けを。

静かな部屋の中に響くのは、時を刻む音と、ふたりの息遣いだけだった。


――End.



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