何百回と聞いたメロディが耳にこだまして消えていく。
わたしは閉じていた瞼を上げて、緊張のひとときを待つ。
やがて、ブースの向こうで彼が頷く姿が見え、同時にヘッドホンから低い囁きが聞こえた。
「詩季、とても良かった……おいで」
ふいを突いた甘い声音に、ゾクリと背中が疼くのを感じる。
フウッと大きく息をついて、わたしはヘッドホンを外した。
今日は、新曲のレコーディングの日だったのだ。
一口だけ、ペットボトルのミネラルウォーターを口に含み、ブースを後にしようとした、その時。
(あ……)
視界が突然、ぼやけ始めた。
頭と身体が急激に重たくなり、呼吸が乱れる。
必死に踏ん張ろうとするものの、身体に力が入らない。
バタン!
乱暴に扉が開かれる音が室内に響いた。
「詩季!」
わたしの異変に気付いた彼が、珍しく慌てた様子で駆け寄って来る。
(あ……春……)
大好きなその姿は、白い闇に消えて行った。
意識が薄れ、膝から崩れ落ちかけた身体を、途中で力強い腕が抱き止めてくれる。
その腕の感触。
体温。
ふわりと鼻をくすぐるコロン。
そして何よりも、その声が。
何も考えられなくなった頭の中でも、それが誰だか感じ取ることができる。
「……詩季」
身体が宙に浮く感覚がした。