「……はい、オッケー!うん、詩季ちゃんいいね!」
「あ、ありがとうございます!」
とあるテレビ局の撮影スタジオ。
赤一色に染め上げられたセットの中で、わたしは化粧品メーカーの新作ルージュのCM撮影に臨んでいた。
普段は可愛らしい雰囲気の衣装やメイクが多いのだが、そのイメージとのギャップがいいと、今日はシックな色合いの大人っぽいメイクをしている。
(これが本当にわたし……?)
今しがた撮影したばかりの映像をチェックしながら、わたしは緊張していた。
「まあ、詩季ちゃんとってもセクシーね!ドキドキしちゃったわ♪」
再生が終わるなりすぐ隣から声がかけられた。
そちらに視線を向けると、今日のメイクを担当してくれたモモちゃんが微笑んでいる。
「詩季ちゃん、前から唇の形がキレイだと思っていたのよ。それに……いつもとはまた雰囲気が違ってすごくステキだったわ」
そう言ってウインクするモモちゃんに、監督が続ける。
「こんな言い方をしてセクハラと言われないか心配なんだが……すごく色っぽい表情をしていて、つい緊張しちゃったよ」
ハハハッと監督は照れたような笑みを見せた。
「そうそう。思わずドキッとしたわ。このCMを見て、女の子は詩季ちゃんを真似して……男の子は詩季ちゃんに釘付けね♪」
(は、恥ずかしい……)
自分がどんな表情をしているのかなんて、これでもかというほどの初めてのドアップに緊張していて、覚えていない。
映像の中の女の子が自分だということも、未だに信じられないくらいだ。
そんなわたしに、モモちゃんはそっと耳打ちをした。
「きっと彼も、詩季ちゃんの魅力にメロメロよ♪」
「メロメロって……も、もう、モモちゃんったら……」
そんなやり取りから1ヶ月後、完成したCMはいよいよ電波に乗ることになる。
「あ……これ、詩季ちゃんのCMだよね」
音楽番組の収録を終えたWaveの楽屋。
テレビを点けた京介がつぶやいた。
「ああ……口紅の」
「あれ、義人、知ってんの?珍しー」
義人の言葉に亮太が目を丸くして突っ込みを入れる。
「……別に」
先週始まった彼女のCMを、女には興味がないと言っていた義人が知っている。
本人は自覚がないのだろうか、素知らぬ体を装っているが、フイと横を向いた頬は僅かに赤らんでいた。
『……大人のキス、してみる?』
耳元でささやくような、歌っている時とは違う、少し低い声と艶やかな唇。
「……あっ……!」
テレビの中の彼女がそう台詞を口にした時。
流れるCMを見ていた翔が小さく声をあげて、顔を真っ赤に染めた。
それを見た京介がニヤリと笑いながら翔に近づいていく。
「なに翔、顔赤くしてんの?……もう、純情だねぇ」
「なっ!京介、おまっ……!」
相変わらず顔を合わせれば言い争うふたりを、いつも諫める声が今日は響かない。
「あれ。一磨……」
扉の側に突っ立ったままの一磨に亮太の視線が向けられる。
その顔は翔と同じくらい真っ赤に染まっていた。
画面の中の彼女は、艶やかさを備えた大人の女性で、最後にウインクをして去っていく。
「……あちゃー。固まっちゃってる?」
亮太に顔を覗き込まれ、一磨はハッと我に返った。
そして赤い顔を隠すように手をかざす。
「……いや、悪い、ちょっと……」
「ハハッ。一磨でも刺激、強かった?」
背中を向けて衣装のジャケットを脱ごうとする一磨に、背後から京介が声をかける。
「……からかうなよ」
ボソリとつぶやいた一磨の言葉は部屋の隅に座っていた義人にしか届かなかった。
「でも確かにこのCMの詩季ちゃん、なんていうか……なまめかしいよね。キスされた気分になるよ」
「そうそう。そそられるっていうか?」
「普段の可愛い詩季ちゃんもいいけど、俺はこういう大人っぽい雰囲気の方がタイプかな」
「あー、京介っぽいな。僕は今日の衣装みたいな清楚な感じもいいと思うけどねー」
勝手に盛り上がる京介と亮太の横で翔は顔を真っ赤にしたまま言葉を詰まらせている。
「それにしても詩季ちゃん、唇の形キレイだよな……今度会った時、うっかりキスしちゃいそうだよ……っと」
「お、おい!京……!」
「……お前ら!!」
好き勝手に彼女の噂を繰り広げる京介と亮太を翔がにらみ付けた瞬間。
それまで黙っていた一磨の怒号が響き渡った。