――第3部・シークレットゲスト編
ステージは順調に進んで行き、一度会場内が暗転する。
かすかに客席からはざわめきが起こり、わたしも司会者席で期待に胸を膨らませた。
知らされているのは、シークレットゲストが登場するということだけ。
やがて、暗闇の中に広がっていたざわめきが落ち着き、静寂に包まれた頃。
やわらかなピアノの音色が響き渡った。
(あ……これって……『トロイメライ』)
やわらかく、強い、繊細な音色。
誰もが酔いしれるその音が、スウッと闇に溶けるように消えていった。
その瞬間。
バーン!!
爆発音と共にステージから火花が散り、大音量のドラムとベース、ギターが会場を包み込んだ。
「トロイメライ!」
誰かの叫ぶ声が耳に届く。
(す、すごい……)
JADEと並び日本を代表するロックバンド、トロイメライ。
ボーカルの女性の声がドラム、ベース、ギター、そしてピアノと重なり調和していく。
その圧倒的な存在感は、JADEに負けずとも劣らない。
会場中を飲み込む彼らのパワー。
わたしはただ圧倒されてその様子を見ていた。
「みんな、良いお年をー!」
熱い余韻を残したまま舞台袖へと消えて行ったトロイメライ。
わたしは夢見心地のまま、衣装チェンジのため楽屋へと向かう。
(あ……)
メイク室へ向かう途中、前方からトロイメライのメンバーが歩いて来るのが見えた。
「あっ、詩季ちゃんだ♪」
真っ先にわたしに気づいて声をかけてきたのは、ベースの櫂さんだ。
「は、初めまして……!」
「あれ?緊張しちゃってる?やっぱり近くで見ると可愛いなぁー♪」
グイッと近づいて来た彼の顔と切れ長の瞳に、わたしは言葉を失った。
(わっ……)
突然のことに固まってしまったわたしの頭上から低い声が落とされる。
「おい、カイ……やめろ」
櫂さんの肩を大きな手が引き剥がす。
見上げると、ドラムの龍さんが困ったようにわたしに微笑みを向けた。
「……すまない、カイが失礼なことをして」
「ったく。女を見るとすぐ近づくのどうにかしろよ」
龍さんの横で不機嫌を露にするのは、ギターの雅楽さん。
「仕方ない……カイだから」
さらにその横でポツリとつぶやいたのは、あの会場中を惹き付けるメロディを奏でたピアノの瑠禾さんだった。
「んだよ、ルカ」
「カイは女好き。だから……キミも気をつけて。以上」
冷ややかな青い目がわたしに向けられ、わたしは思わず硬直してしまった。
そんなわたしの横を瑠禾さんはスッと通り過ぎて行ってしまう。
「……キミの声……」
(……え?)
通りすがりに彼はボソッと、わたしにだけ聞こえるほどの小さなささやきを落として行く。
(今のって……『好き』って……聞こえたけど……)
慌てて振り返ったものの、彼は何事もなかったように、歩調を緩めることなく去って行くのだった。