「……テイク4、スタート!」
監督の声が響き渡り、わたしは閉じていた瞼を上げた。
「はい……どうぞ」
スッと目の前に差し出されたカクテルグラスに視線を向け、わたしはゆっくりとそれを手にする。
「……ありがとう」
わたしの目の前に立つのは、ギャルソンエプロンを腰に巻き、穏やかに笑う京介くんの姿。
そっとグラスに口をつけると、それを口に含んだ。
ドラマの撮影現場。
京介くんとわたしは、クランクインしたばかりの撮影に挑んでいた。
バーでアルバイトをしながら大学に通う、過去を持つ青年を京介くんが。
そして、同じ大学に通う新入生の主人公。
まじめでお洒落が好きな、普通の女の子をわたしが演じている。
ふたりが初めて出会うバーでのシーン。
わたしの飲んでいるものは、わたしが未成年ということもあってソーダ割りしたグレープフルーツジュースだ。
ポロリ。
わたしの目から、涙がこぼれ落ちて、手にしていたグラスにポトンと落ちた。
「……はい、OK!詩季ちゃん、今度はバッチリだったよ!」
「あ……ありがとうございます!」
「よし、今日の撮影は終了だな。みんなお疲れさん!」
監督の声に、わたしは椅子に座ったままフゥと細く長く息を吐き出した。
主人公の女の子が泣くシーンの撮影。
わたしはなかなかうまく涙を流すことが出来ず、リテイクを重ねていたのだった。
ガタガタと機材が納められ、スタッフや共演者の人たちが去っていく。
「……詩季ちゃん。お疲れさま」
少しずつ静かになっていくスタジオ内で、京介くんがわたしに声をかけた。
「京介くんも……付き合ってもらっちゃって、ごめんね。ありがとう」
「いや……詩季ちゃんの涙、キレイで……良かったよ」
穏やかな微笑みを浮かべたまま、彼の手がこちらに伸ばされ、スッと目元の涙を拭ってくれる。
「き、京介くん……」
慌てるわたしを楽しげに、でも優しいまなざしで見つめながら、彼は口を開く。
「大丈夫……もう、みんな出て行っちゃったから。だから……俺の恋人の詩季ちゃんに、戻って」
カウンター越しのその瞳に、吸い寄せられるようにしてわたしは椅子から静かに立ち上がった。
「詩季……」
そのまま、唇が重なり合う。
(京介くん……)
少し長い口づけの後、離された彼の唇が、至近距離で甘くささやいた。
「……誕生日おめでとう」
「……え……?」
一瞬、何のことだか分からず、目をしばたいたわたしは、ハッとした。
(あ……そうだ。わたしの、誕生日……)
彼の視線を追っていくと、そこには0時をほんの数分過ぎた時計が掛けられていた。