「……詩季、髪が濡れている」
シャワーを終えたわたしは春とふたり、簡単に朝食を済ませた後、彼に促されソファに座っていた。
ギターを片手に隣に座った彼が、そう言ってわたしの髪に手を伸ばす。
「色っぽくて……とても綺麗だ」
アップにまとめた髪の後れ毛を指先にすくい、感触を確かめながら、スウッと顔を近づける春。
その仕草と艶のある瞳にわたしの胸は揺れた。
「も、もう……春ってば」
彼の胸を手で押し返すと、少し残念そうな表情を浮かべて、彼はギターを持ち直す。
「それじゃあ……聴いて」
細く長い指先が紡ぐ音色は、先ほどわたしが夢の中で聞いたメロディだった。
甘く、優しい、包み込むような旋律に身をゆだねる。
「……素敵……」
静かな空気の中に、弦のきしむ響きがふわりと広がって溶けていった。
わたしは夢心地のまま、そうつぶやく。
「今朝、出来たばかりの曲だ……キミに、一番に聴いて欲しかった」
「春……」
「キミを……詩季を想いながら……」
ギターをソファの背にそっともたれ掛けると、春はわたしにその手を伸ばす。
繊細な音色を奏でていた指が、わたしの頬に触れる。
「詩季のために作った……詩季の曲だ」
頬に触れた指が、ツウッと肌をなぞり、アゴを持ち上げる。
わたしの心を射抜く彼の熱い視線に、胸が揺さぶられ、身動きが取れなくなる。
「詩季……キミが欲しい」
ストレートな言葉が、わたしの中に入り込み、全身を熱くしていく。
吐息が触れるほどの距離に近づいた彼の瞳が妖しく揺れ、そのまま視界が閉ざされた。
唇に感じるやわらかな感触は、次第に甘く、深くなっていく。
(春……)
わたしのアゴに触れていた手が、優しく頭を抱き寄せ、まとめていた髪をスッとほどいた。
サラッと落ちる髪。
無意識に伸ばした腕を彼の首に回そうとした時。
側にあったテーブルの上に置かれたわたしの携帯電話が着信を告げた。
(……あ)
ビクッと身体を離そうとしたわたしを、強い力が遮る。
チラリとその画面に視線を送った春は、かすかに眉を潜めて言った。
「大丈夫……夏輝だから。今は……俺に集中して」
「んっ」
わたしの呼吸を奪うような口づけに、耳の奥で鳴っていた着信音が、次第に聞こえなくなっていく。
体温が上がっていくのが自分でも分かる。
それに反比例して、わたしの身体からは力が抜け、崩れ落ちかけたその瞬間、フワッと身体が宙に浮いた。
ゆっくりと目を開けると、わたしをお姫様抱っこした春の穏やかな微笑みがすぐ目の前にある。
「キミのその声は……俺のためだけにあって欲しい」
「春……」
「おいで」
重なり合う吐息。
重なり合う鼓動。
重なり合う空気。
そしてわたしは、全身に広がる彼の熱に溶かされていくのだった。
――End.