『……詩季……』
まだ鳥のさえずりさえも響かない、静かな夜明け。
深い朝もやの中に、光が差し込む。
聞こえるのは、穏やかな呼吸と。
ゆるやかに打ち付ける鼓動と。
甘く低い、声と。
そして優しく、強く、澄んだ、ギターの音色。
(……ん……?)
ふわりと身体を包むコロンの香り。
やわらかく髪に触れる温もり。
まどろみの中にわたしは身をゆだねる。
「詩季」
「は……る……?」
スーッと意識がつながり、目を開けると、わたしを覗き込む瞳がフッと細められた。
「おはよう」
わたしは一瞬、どこにいるのか分からなくなり、視線をさ迷わせる。
(あ……そうだ。春の別荘に来て……)
いつの間に眠ってしまったのだろう。
「春……?来てたの?」
わたしは彼の膝に横たえられていた頭を持ち上げた。
「ああ……キミの顔が見たくなって。でも……すまない。起こしてしまったな」
そう言って目を伏せる彼に、わたしは頬がゆるむのを感じる。
「ううん……わたしも、春に会いたかったから」
「……そうか」
フッと微笑みを浮かべて、艶やかなまなざしを寄せる春。
彼の指先がスッと頬をなで、そのまま首筋を伝っていく。
「春……」
近づいてきた唇が、そっとわたしの唇を塞いだ。
「詩季……」
与えられる温もりに鼓動が高鳴っていく。
ゆっくりと触れ合った唇が離されると、頬から耳へ、首筋から肩へと移動していく。
「は、春……ま、待って……」
彼の熱に朦朧とし始めた意識の中で、わたしは辛うじてそう口にした。
ピピピピピ……
その時、ちょうど6時を告げるアラーム音が響き渡った。
「あ……」
春は小さく息を吐き出すと、スッと立ち上がり、机の上に置かれた時計のアラームを止める。
室内には再び静寂が広がった。
カサッ。
「……出来上がったんだね」
沈黙を破ったのは、春だった。
彼の手には、新曲の歌詞が書かれた紙が握られている。
それはわたしが作詞を、春が作曲を担当する、今度のJADEとのコラボ曲。
これを書くために3日前から、わたしはここにひとり、こもっていたのだ。
「うん……やっと」
「とても……良かった」
「えっ?もう読んだの?」
「ああ……キミの真っ直ぐな気持ちが伝わってくる、とても良い詩だ」
「春……」
何となく照れくさくなって、わたしは彼から視線を逸らした。
そして、寝起きの頭を覚ますため、立ち上がってガウンを手にする。
「……シャワー浴びてきて、いい?」
「ああ。一緒に入る?」
わたしの言葉に顔を上げた彼は、スッと目を細めてわたしを見つめた。
「は、春っ」
「……いいよ。入っておいで」
カーッと頬が熱くなるのを感じながら、冗談とも本気とも取れない彼の微笑みに見送られ、わたしはバスルームへと向かった。