自宅の最寄りの駅に着いた時には、もう時計の針は23時を指していた。
最近は、こんな日が多い。
忙しいのはわたしの仕事ぶりが認められているからだと山田さんは言ってくれた。
たくさん仕事を貰えるのも、充実していると感じられるのも、幸せなことだと分かっている。
それでも仕事を終えて家に帰る時。
わたしを占めるのは一磨さんのことで。
(会いたいな……)
そう思いながら、カバンから携帯を取り出した。
1件の新着メールの表示を開くと、ちょうど思い描いていた彼からの文章。
『仕事、お疲れさま。時間がある時に電話をくれる?』
それだけの言葉に、わたしの頬は緩んでいって。
そして彼の番号を呼び出すために携帯を操作するのだった。
閑静な住宅街の中。
街灯の光から隠れるように、闇の中に佇む車が一台。
その車内に響く携帯電話の着信音。
「……もしもし。詩季ちゃん?」
その電話を待ちかねていたのか、1コール目で途切れるメロディー。
『あ、一磨さん』
受話器越しのその声に、一磨はフッと柔らかい笑みを漏らした。
「こら。一磨さん、じゃないだろう?」
少し意地悪そうに告げた言葉に、クスッと笑う気配がする。
『そうでした……一磨』
まだ呼び慣れないのか、照れ隠しのように悪戯っぽくその声は答えた。
「今、帰り道?」
「うん」
彼女の声の後ろで車が通り過ぎる音が聞こえ、数秒後、一磨の横を車のライトが通過する。
それを見て、一磨はそっと車を降りた。
「……うん。明日はお昼からだから、久しぶりに朝はゆっくりなの」
他愛ない話をしながら、わたしは家の前の角を曲がる。
「そっか……じゃあ……」
受話器越しの声が一度途切れて。
再び聞こえた声に、わたしの胸がドクンと震える。
「このまま、詩季を攫って行っても……いいかな?」
「……え……?」
随分と近くに聞こえる気がしたのは、単に気のせいだからじゃない。
振り返るよりも先に、身体を包む温もりが。
背中から感じる鼓動が、わたしの動きを止める。
呼吸をするのも忘れてしまうほどだった。
「一磨……」
「詩季……今日は帰したくない……」
「……うん。わたしも……」
――End.