「詩季ちゃん……大丈夫?」

恐る恐る顔を上げると、目の前には心配そうな翔くんの顔があって。

頷くわたしに彼はホッと息を吐き出すと、優しい笑顔を向けてくれる。

そして少し身体を離すと、わたしを眺めて、ポツリと呟いた。

「……うん。大丈夫そうだね。良かった」

そう言った彼の肩には、何かが降りかかった跡があって。

足元に視線を落とすと、空になったペットボトルが転がっている。

「しょ、翔……」

突然の翔くんの登場に、さっきわたしに向かって飛び出して来た女の子は、呆然と立ち尽くしていた。

「君……」

彼女を振り返ってわたしに背中を向けた翔くんの表情は見えない。

彼が何を言おうとしているのか、ドキドキしながら耳を傾けていると。

その口からは驚くほど柔らかい声が溢れ出す。

「……いつも俺たちのこと応援してくれてありがとう」

「え……?」

責められると思っていたのだろう。

面食らった様子で女の子は翔くんの方を見つめ返した。

「ごめん……俺、ファンの子にこんなことさせて……」

「翔……」

翔くんの声は優しかったけれど、同時にとても悲しそうで。

彼が一番、傷ついているのだと、わたしは思った。

「でも俺……軽い気持ちなんかじゃない。だから……もし良かったら、今度発売されるCD、聴いてみて欲しいんだ」

その言葉に彼女は小さく頷いて、きびすを返して走り去って行く。

シンと静けさを取り戻した辺り一面を、月の光が照らしていて。

そして。

「翔……くん……?」

一瞬の後、気がつくとわたしは翔くんの腕にギュッと抱きしめられていた。

「良かった……詩季ちゃんに何もなくて……」

わたしの肩口から聞こえるくぐもった声。

耳を澄ませると、彼の胸からはトクトクと速い鼓動が聞こえてくる。

「俺のせいで、ごめん……でも、詩季ちゃんを守れて……良かった……」

わたしの目に映るのは、コーヒーが染みを作る彼のシャツの肩。

その腕の温もりを感じながら、わたしの心も優しさで満たされていくのだった。

「……助けてくれて、ありがとう……」



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