「……義人くん、詞を書いてるの?」
キッチンで洗い物を終えて、リビングに戻ると。
机の上に広げたノートを見ながら、義人くんは深いため息をついていた。
「ああ……うん。新しい曲の……」
そう答えながら、彼はノートをパタンと閉じる。
「あ……ごめんね。邪魔しちゃって……」
「そういう訳じゃないから……」
フッと微笑みを浮かべて、彼は不意にわたしの手を引く。
「あっ」
小さく悲鳴を上げてバランスを崩したわたしを、彼は後ろから抱きしめる。
「義人くん……?」
「……このままでいて」
わたしの呼びかけに、彼の低いささやきが耳元に落とされた。
ゾクリと背中が疼く。
「詩季ちゃん……」
腰とお腹に回された腕に力がこもり、触れ合った背中越しに彼の速い鼓動を感じる。
どうしたの……?
そう聞きたくても、張り裂けそうな心臓と腕の力の強さに声が出せない。
「……ごめん」
やがてポツリと義人くんは呟いて、そっと手を離し後ろに下がった。
「あ……」
それが何となく、人に壁を作ってきた、あの出会った頃の彼を思い起こさせて。
わたしは思わず彼を引き止めるように、向けられたその背中に抱きついた。
「詩季ちゃん?」
「また、一人で行っちゃわないで……わたしも連れて行って」
いつか見た、冷たい眼差しを思い出す。
言葉数の多くない彼が、感情をあまり表に出さない彼が。
こうしてわたしにほんの少し、心を見せてくれる。
それが嬉しくて、同時に少し不安がよぎって。
「詩季ちゃん」
ギュッと抱きしめたわたしの手を、温かいものが包んでくれる。
その声音がすごくやわらかく、優しくて。
「ありがとう」
穏やかな空気が、昼下がりの室内を満たしていくのだった。