「……詩季」

夕食を終えて、リビングに戻ったわたしの腕を、ソファに座っていた一磨が引き寄せた。

「あっ」

バランスを崩して倒れたわたしを、彼はギュッと強く抱きしめる。

「一磨……?どうし……」

「詩季」

少し息苦しいくらいに抱きしめる彼の腕。

耳元で聞こえた声は、かすかに震えている気がする。

『……涼……私も……涼が好き……』

その時、背中から覚えのある台詞が耳に届いた。

「あ……」

テレビを通して聞こえて来るのは。

先日撮影した単発ドラマの、ヒロイン役のわたしの声。

ずっとすれ違っていた想いが通じ合って。

相手役の俳優と抱きしめ合うシーンだった。

そして。

グッとわたしを抱きしめる彼の腕に力が込められるのと同時に、テレビが消される。

ちょうどふたりがキスを交わす、直前だった。

「……一磨……」

胸の痛みをこらえながら、わたしは彼の背中を抱きしめ返す。

もちろん、フリだけで本当にキスをしたわけではない。

彼もそれは分かってくれている。

だけどやっぱり、見られたくなかった。

「ごめん……情けないな、俺……」

しばらくの沈黙の後で、彼はそう言って少しだけ腕の力を緩めた。

「……ううん」

「分かっていても、やっぱり……他の男に触れられるのは……悔しい」

切なさを帯びるその言葉に顔を上げると、吐息が触れ合う距離に彼の真剣な眼差しがある。

「一磨……」

「詩季……」

吸い込まれるようにふたりの距離がなくなる。

「……ん……」

触れ合った唇は、ゆっくりと深くなっていく。

わたしを抱きしめる腕に力がこもり、わたしは無意識に彼にしがみついた。

「一磨……」

温もり、息遣い、腕の力。

全てがわたしを包み込んで、もう何も考えられなくなる。

胸元に滑り降りてきた唇が。

触れ合う体温が。

ふたりの心を溶かして。

更けていく夜の闇の中で、そっと囁きが落とされた。

「詩季……愛してる」


――End.



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