夜も更けた、見上げる藍色の空にぽっかりと浮かぶ、満月。
その淡い明かりが映し出す、ほんのりと色づいた白い頬。
月の光を受けて、世に美姫と讃えられたその姿は、消え入りそうなほどに儚い幻のようにさえ見える。
肩から落ちかけた夜着をそっと持ち上げて、小さく唇が動いた。
「…今来むと いひしばかりに長月の 有明の月を 待ち出でつるかな…」
”すぐ帰って来る。心配するな”そう言って、音もなく姿を消してから、もう七日になるだろうか。
先まで居た宴の席の喧騒も、静まり返ったこの部屋には届かない。
決して慣れているとは言えぬ酒を、いつもの何倍も飲んでさえ、頭の中を埋めるのは、一陣の紅い風。
「佐助…」
と、まるでその声に応えるかのように、ふわりと風が頬を撫でた。
振り返ろうとした、その動きを制するように、背後から温もりが包む。
「…何て顔してんだ。心配するなって言っただろーが」
「さす…け…」
相変わらず、ぶっきらぼうで、掴みどころがなくて、優しくて。
会いたくて、会いたくて、触れたかった。
ぎゅっと抱きしめられた腕の強さも感覚も、そして温もりも。
いつもならきっと、恥ずかしくて言えない願いを、満月の輝く今夜くらいは、口に出来るかもしれない。
「離さないで…お願い…」
「詩季姫…」
「会いたかった…佐助…」
「…酔ってるのか?」
きゅっと、身体に回した腕に触れる手が、その紅い装束の端を掴んだ。
遠慮がちに、でも、強く。
「あんた、馬鹿だな…そんなこと言って、後で嫌だって言っても、離してやれねーぞ」
「…はい…」
「…目、閉じてな」
風に包まれる感覚がした。
それはとても温かくて、優しい、陽だまりのような風。