バタンと扉が静かに音をたてて閉まると、タクシーはゆっくりと走り去って行った。
いつも降りる、自宅近くの公園前。
ふうっと息をついて空を見上げると、半月が浮かんでいる。
ふと気を緩めると、視界が滲んでしまいそうで、わたしは小さく首を振って、歩き出した。
静まり返った住宅街の中。
自宅の見える角を曲がって、あと15mというところで、わたしはハッとして足を止めた。
「…あ…」
微かに目を見開いたわたしの視線の先に、見たことのある車と。
車に寄りかかって立つ、見覚えのあるシルエット。
立ち止まったまま動かないわたしに気づいて、その影がこちらに向かって歩き出した。
「…お帰り…詩季」
「一磨…さん…?」
わたしの前にやって来た影を、淡い月の光が照らして。
ふっと、優しい笑みを浮かべた彼は、右手をわたしの頬へ伸ばして言った。
「急に時間が空いたから、来たんだ…もう着くって言ってたのに、遅かったね」
「あ…あれは…」
細められた目が、少し寂しげに揺れる。
「大丈夫って…そんな顔して…詩季は、素直じゃないな」
「…だって…」
会いたかった。
触れたかった。
だけど、言えなかった。
言えるわけないじゃない。
切ないくらいに優しすぎる微笑みを見ていられなくて、俯いたわたしは、次の瞬間。
強い力に身体を抱き寄せられた。
「か、一磨さん…」
「…ごめん。我慢させて。もう、強がらなくていいから…今夜は、一緒に居よう…」
「…ん…うん…」
じわりと目元が滲んでいく。
背中を抱きしめる腕が強くて、温もりがやけにほっとさせてくれる。
小さく頷いて、わたしは彼の胸に顔をすり寄せた。
薄暗い部屋の中に伸びる月の光。
軋むベッドの音と、荒い呼吸が、暗闇を埋め尽くしていく。
足元には、脱ぎ捨てられた服が散乱していた。
「っ…はぁ、はぁ…一磨…」
体中を駆け上る熱が、熱すぎる。
長い指先が全身を巡って、身体も、心も、張り裂けそうなくらいに苦しい。
「…はっ…詩季…ん…っく」
限界まで膨らんだ彼の熱をそっと含むと、小さく息を呑む気配がした。
「詩季…好きだ…もう俺に、我慢しなくていいから…愛してる…」
「ああ…っ!」
囁きと共に、わたしの深い場所を貫くように、衝撃が走って短い悲鳴がこぼれる。
跳ね上がった身体を、彼の腕にぐっと引き寄せられて。
まるで波が岩場を叩くように、強く身体を重ね合わせた。
「…詩季っ…」
この上なく甘く切ない叫びが、頭の中に響き渡って、わたしは意識を手放すのだった。
―End.
2013/1/16 誕生日に寄せて